- B -

 制御を失った舵を操り、船を墜落同然にミルドに着陸させたキイは、溜め息を洩らし、席に腰を下ろした。メインモニター、左右に2つずつのサブモニターも、ブラックアウトしたままである。
「っと、放心してる場合じゃないか……
 再び立ち上がり、キイはようやく、いつもより照明が暗いことに気づいた。
 コンソールにかがみ込み、生きてる機能を確認する。彼女はチラリと目を通すと、自分のASを起動し、システムの損傷を調べた。自己診断機能や修理装置を使うよりも手っ取り早い。
 システム内の損傷やエラーを発見すると、それをさらにASで修復していく。
「さすがに元通りとはいかないが……
 システムと接続している間、キイは外部カメラの映像を見ていた。その映像のなかに、近づいて来るシャトルを見つける。それも、それぞれ別々の方向から、2機だ。
「飛行場と……管制塔からか。助けに来てくれたのかな」
 彼女は、独り言にあきてきた。そして、意識を失ったままのゼクロスのシステムに灯を入れる。覚醒――ASを通して、それが感じられた。
……キイ……?』
「ああ、何とか生きているようだね。救助隊が来たみたいだよ」
 モニターに外の様子が映し出された。照明が暗いままなのは、ライトの故障のためか。
……交信を求められていますが……通信機能は修理が必要、です……下部ハッチを開きますか?』
「ああ。あとは向こうに任せよう」
 衝撃でややひしゃげた後部ハッチが開かれた。キイはサブモニターでシャトルが入ってくるのを確認しながらも、迎えに出ようとはしなかった。薄暗いブリッジの中で、艦長席の背もたれの後ろに寄りかかる。
「まったく、何が何だかわからないよ……デザイアズは一体どうなったんだ? 私たちを攻撃する理由があったのか……
 サブモニターの一つが、シャトルを降りる人々を映し出している。なかには、見覚えのある姿もあった。
「ゼクロス?」
 キイは身を起こした。いつもは即座に返ってくるはずの応答がない。
……重傷みたいだな」
 間もなく、見知った姿が駆け込んできた。スコットがキイを見るなり、安堵の表情を浮かべて歩み寄って来る。
「キイ、無事か?」
 ホルン教授、それに、その教え子たちも近づいて来る。2人の少女――その一方は、キイも見覚えがあった。ASを所持する刀使い、ユキナだ。
「キイは大丈夫みたいだね。ゼクロスは重傷みたいだけど」
 ASを使ったのだろう。ユキナはブリッジをチラリと見回しただけで、状態を見抜く。
「とにかく……飛行場まで行こう。重力波の助けも借りれば何とかなるだろう」
 惨状を見渡し、ホルン教授は浮かない顔のまま、そう告げた。

……キイ……教授……?』
 建物内に街が形成された、かつての飛行場。重力波による誘導でゲート内に降下したゼクロスは、意識を取り戻すなり、機内に複数の人間を感知した。センサーの感度はいつもより落ちている……それ以前に、負担を減らすためか、普段使用しているセンサーの大部分は切られていた。
 ブリッジにはキイの他、ベイルーク・ホルン、元パイロットのスコット、それに見覚えのない少女の姿が2つ。
「外の修理は終ったけどな。なかは専門外だ」
「私は専門というわけではないけど、それでもな……様子はどうだ?」
 後ろでスコットと教授が会話を交わすのを聞きながら、キイが艦長席に座る。
「ゼクロス……大丈夫か?」
 席の後ろから、他一同ものぞき込む。数少ない稼動しているセンサーで、ゼクロスは全員の顔を捉えた。キイ以外は一様に心配そうな表情だ。
『はい……大丈夫です……キイも無事なようですね』
「私は無傷だよ。とにかく、これまでのことを話そう」
 周囲の顔ぶれを見回し、キイはまず、少女二人の紹介から入ることにしたらしい。
「2人とも教授の教え子で、ここの出身だよ。そっちはユキナ。私とは面識がある。彼女はAS使いなんだ」
「よろしく」
 ユキナはセンサーに笑顔を向けた。ゼクロスは、彼女の腰に吊るされた、ゆるくカーブした棒のような物に気づく。
『それは……カタナ?』
「ああ、そう、刀だよ。こいつが、あたしにとっては強力な武器になるのさ」
 どこか嬉しそうに答えながら、軽く刀の鞘を叩く。AS使いが持てば、どんな武器も強力になる……しかし、それは武器を持たなくても同じことだ。それでも武器を持つのは、こだわりや精神集中の助けとしてだろう。
 話に置いていかれている気がしてか、もう一人の少女がセンサーに近づいた。
「あたしはメルティよ。よろしくね、ゼクロス。ほんとにだいじょぶ?」
『は、はい……元の通りではないかもしれませんが……
「ね、元気になったらあたしを乗せてくれない? キイはいいって言ってくれたし。ちょっとこの星の周りを飛ぶだけでいいから、ねっ?」
『私は、いつでもかまいませんよ? 何なら……今からでも』
「無茶を言うんじゃない。今の状態で外に出るのは危険すぎる」
 ホルンが肩をすくめて言うと、メルティは恨みがましい目で振り返った。ホルンは取り合わず、視線をそらす。
 とりあえずの処置は終了したのか、キイを残し、他のメンバーは機内を出て行った。キイは、飛行場奥の街には行かないつもりらしい。
『キイ……街で宿をとらないのですか? 私のことなら、心配いりませんよ』
「そうじゃない。状況によっては、すぐにここを出て行く必要があるんだ。……ゼクロス、あの後、海賊の攻撃でデザイアズが撃退された」
『そんな! 本当なのですか……?』
「ああ、それに、連中はASを探しているらしい。ユキナはすぐにここを出るといっている。私たちも出たほうがいいだろう。これ以上迷惑をかけるわけにもいかない」
 誰もいないのはわかっているが、キイは辺りをうかがい、小声で告げた。ゼクロスは少しの間、沈黙する。
……そうですね。ここにも被害が及ぶ可能性がありますし……早く、ここを出たほうがいいでしょう』
 かすかに、聞こえるか聞こえないか程度のエンジン音が発生した。ゲートのドアがロックされ、天井が開いていく。
 そのまま、暗い空へ上昇。メインモニターが、2つに割れた眼下の飛行場のゲートの天井が閉じていくのを映し出す。
『惑星外にASの気配を感じます……探しているようですね。時期を見て、離れないと……
「気配を殺して脱出しよう」
 ゼクロスは上昇を続ける。大気圏を脱出し、船の墓場へ――。
「どうするつもりだ? キイ」
 背後からの声に、キイは不意を突かれた。振り向くと、ホルン教授とメルティが、何か言いたげに仁王立ちしている。ゼクロスは機内のセンサーの機能をすべては回復していないため、気づかなかったのだろう。
「まったく、みずくさいわよぅ。ゼクロス、乗せてくれるって言ったじゃない」
『しかし……このままでは……危険ですから』
 困ったように応じるゼクロスのセンサーをにらみながら、メルティは椅子の一つに腰を下ろした。教授もそれにならい、副長席に座って足を組んだ。
「もう出てしまったものは仕方ない。とにかく、一旦ネスカリアに寄ったほうがいいだろう。海賊もそこまでは追わないだろうし、知り合いがいる」
「お世話になります」
 肩をすくめ、キイはコンソールのパネルを叩いた。ゼクロスはすべてのセンサーの機能を回復する。
 センサーが使用できない間も、ASの使用は可能だった。大きな負担を覚悟してASを使い、惑星の周囲を探っていたゼクロスは、船の墓場の一部に知っている気配を感知する。
『キイ……あの輸送船が、まだ同じ場所にいるようです……どういうことでしょう?』
「同じ場所に……?」
 キイは眉をひそめた。教授とメルティが不思議そうに顔を見合わせる。
「交信を求めよう。信号は?」
『救難信号などはありません。交信に応じようとしません……機能を停止しているようです。乗員はすでに脱出したかもしれませんが……確認しますか? デザイアズが撃退される前に脱出できているといいですが……
 何かがおかしい。キイはまた、違和感を感じたように首を傾げた。
「乗員は残されているか、海賊に連れて行かれたか、それとも……と言ったところだろうな」
 教授が腕を組み、やはりふに落ちない様子で言う。キイは気が進まない様子で、現場へ向かうように指示した。まだ新しい、恐ろしい記憶を圧し殺し、ゼクロスは進路を修正する。彼自身も不吉なものを感じていたが。
 棄てられた船の間を抜け、メインモニターに輸送船が映す。輸送船は機能を停止し、他の棄てられた船とほとんど変わらないように闇に静止していた。その機体にはいくつもの傷が刻まれている。
 バリアを張り、前よりずっと警戒し、輸送船に近づく。
 衝撃は突然だった。
 前と変わらない、横からの衝撃。キイは同じてつは踏むまいと席にしがみついたものの、ホルン教授とメルティは床に投げ出された。連続して揺れがブリッジを襲い、身を起こしかけた2人は立ち上がれないまま、モニターを見やる。
「離脱だ! ハイパー・A・ドライヴ機動」
『身動きが取れません! AS搭載船が接近しています!』
 輸送船の向こう、闇の中から現れたAS搭載船は、前に見たものとは違っていた。ゼクロスと変わらないくらいの大きさの、円柱状の船。宇宙船というより小型の人工衛星に似ていて、移動していなければどちらが前か後ろかもわからない。
 闇に溶け込むような色のそれが、不気味にせり出してくる。ゼクロスは恐怖に満ちた声を響かせた。
『重力波で動きを封じられています! 今の私の力では……!』
 機体が、細かく震える。ギシギシときしむような音が機内に響いた。椅子を伝って何とか立ち上がった教授が顔色をかえて叫んだ。
「そのまま押し潰す気か……!」
「私のASの出力では対抗できないな。教授、メルティ、一応脱出用シャトルに乗って」
 キイは接近する敵艦から目を離さず、後ろの2人に声をかけた。教授は耳を疑う。キイはゼクロスを見捨てると言うのか? それより、彼女自身も残るつもりなのか。
「どうするつもりだ? キイ、ASを使って何かいい手でも?」
「脱出はできても、この船ごとは無理です。もう敵の仕掛けた網の中なのだし」
 そう告げた途端、揺れがおさまった。キイは立ち上がり、身体ごと振り返る。いつになく厳しい表情に、他2人のクルーはことばを失う。
 ASで機体を安定させたものの、重力波から逃れたわけではない。異変を察知したのか、ある程度接近して停止していた敵艦がさらにASでの攻撃を強めた。ゼクロスの悲痛な悲鳴が響く。サブモニターの一つで、紺の翼が歪む。
 今、答を出さなければ。すべてが手遅れになる前に。
 キイは口を開いた。
「ゼクロス、きみのすべてのプログラムと記憶をASに移せ。2人とも、ついてきて欲しい」
『ASに……? しかし、それでは私は……
「言う通りにするんだ」
 朦朧とした調子のゼクロスに強い口調で指示すると、他の2人の答も聞かず、ブリッジを出る。通路の突き当たりにあるワープゲートに入り、滅多に行くことのない下の階層に出る。戸惑いながら、教授たちもついてきた。
『転送プログラム、設定完了……転送開始します……転送率12パーセント』
 ゼクロスの、いつもとは違う無感動な声が告げる。今は、自分と言うものを認識していないのだ。
 細い通路の奥に、小さなドアがあった。ドアのそばのロックシステムにアクセスし、キイは素早くパスワードを打ち込む。
『47パーセント』
 ドアが開き、薄暗いなかに歩み入る。ホルンはすぐに、ここが中枢、ゼクロスの本体だということに気づく。気づくなり、自然と注意は、部屋の中央の、多くのコードやパイプがつながれた柱のようなものに向く。
『79パーセント』
「とにかく……飛行場まで行こう。重力波の助けも借りれば何とかなるだろう」
 内部にASによる直接攻撃を受けているのか、奥のコンソールに火花が散った。
『92パーセント』
 キイは右手を差し出した。その手の上で、青白い光が棒のようなものを形作る。
『100パーセント。転送完了しました』
 その声が響くなり、愕然と目を見開く教授とメルティの前で、キイは光の剣を振った。柱のような装置の、液体に満たされたガラスケースを切り裂く。液体が漏れ出して空気に触れるなり、青い蒸気となって噴き出した。かまわず、キイは手を突っ込む。
 取り出したその手には、腕輪のような装置があった。
「脱出しましょう。この船は、後で取り返せばいい」
 そう言って振り返った彼女の漆黒の瞳には、悔恨と、決意の色がきらめいていた。

 そこは、地下に造られた研究施設だった。地下と思えないほど明るい雰囲気なのは、意識的に暗くならないように工夫されているせいだろう。通路や部屋の要所に、花がいけられているのが目につく。
 しかし、キイたちが案内されたのは薄暗い部屋だった。辺りには機材が散乱している。そのなかから必要なものを選び出し、キイは勝手に中央に一つの装置を完成させた。
 装置に、ASを接続する。そして、装置のスイッチを入れた。
「ゼクロス……?」
 カメラの前に、心配そうな表情が並ぶ。顔ぶれは一部違うが、ゼクロスはデジャ・ヴを感じた。
『はい……私は大丈夫ですよ』
 スピーカーから流れた声は、いつもと変わらない美しいものだった。しかし、ミルドの飛行場で目覚めた時よりいっそう、疲労がにじんでいた。
 それだけではない。異常な環境を実感すると、彼は恐怖に襲われる。そう、彼はあまりにもいつもと違う存在と化しているのだ。
「ゼクロス……ここは安全だ。ここは、ネスカリアのストーナー研究所。教授の知り合いの博士の研究所だ」
 まるで心を読んだように、キイが説明した。いや、実際、心を読んでいるのかもしれない。今の状況を考え、ゼクロスはそう思った。
『キイ……このASの力は、あなたが?』
「ああ、そうだよ。今のきみにはどうしようもないだろう?」
 ASを使うことは、自身の存在を削られるようなものである。今のゼクロスの状態は、常にASに力を削られ続けているようなものだ。しかし、それをキイが自身のASを使い、肩代わりしているのである。
 では、キイは常に消耗しても平気なのだろうか?
 ゼクロスは、彼自身と違い、キイがASによる消耗で疲れているのを見たことがない。
「あの時と同じように、紹介から入ろうかな。ええと、まず、ストーナー博士」
 やはり平然と、彼女はホルン教授の知り合いだという若い博士を紹介した。
「よろしく、ゼクロス。何かあったら、いつでも私に言ってくれ」
『よろしくお願いします……
 元気なく答えるのに、博士は心配そうにカメラをのぞく。
「大丈夫か? いきなり環境が変わったんだ、戸惑うこともあるだろう。少し休んだほうがいいかもしれない」
『大丈夫……しかし、少し疲れました。それに……プログラムの転送時に攻撃を受けて……記憶データに少々被害が出ています。少し、時間をください……
 沈んだ声に、一同は顔を見合わせた。ホルン教授は、こういう時にどうするべきか知っている。
「私たちは出ていよう。キイ、任せたぞ」
「ええ」
 キイは苦笑した。そして、ぞろぞろと部屋を出て行く教授と博士、メルティを見送る。ドアを閉める一瞬、メルティが心配げな視線を残していった。
……ごめんなさい。私のせいで、皆さんを不快にさせてしまって』
「まさか。皆、ただ心配しているだけだよ。とにかく、破損データを修復しようか」
 どういうわけか、キイは過去に起こったことを正確に記憶しているらしい。自身が記憶しているそれを、ASを通してゼクロスのデータに加える。
 破損部分の修復を終えると、ゼクロスは前々からの疑問を口にした。
『どうして、あなたは私より正確な記憶力をもっているのですか……? それに、いつも私が話しかける前に起きていたり、ASを使っても全然疲れていないようですし……おかしなことばかりです』
「何を今さら。私は暗記術が得意で、疲れにくくて、起きるのが得意なだけだよ」
『他にも、色々おかしなことがあります。成長してるようにも見えないし、出身地も、家族も、まったくわからない……ある日突然現われて、バントラム所長から私をさらっていきましたね……まるで、犯罪者みたいに』
「何言ってるんだか。私は昔から所長とは知り合いだよ。君の面倒を見てくれと頼まれてね、今みたいに」
『自分の面倒くらい見れますよ。それに、私はカウンセラーですよ。自分の気持ちの始末のつけ方くらい心得ています。私に気持ちというものが存在するとして、ですが』
「それこそ、何を今さら、だね」
 キイは言い、ふうん、と、鼻を鳴らした。カメラの前の丸椅子に座って話していたのが、腰を浮かしながら、いかにも残念そうに言う。
「私がいるのは大きなお世話かもな……一人になりたいかい?」
『いいえ……
 ゼクロスは即答した。
『1人にしないで……嘘です、始末のつけ方なんてわかりません……どうすればいいかわからないんです。お願いです、そばにいてください……わかっているくせに……
「わかってるよ、だから、いつも通りのフリをするのはよすんだ」
 キイのことばに、ゼクロスは、はい、とだけしか答えられなかった。

<<BACK | LIST | NEXT>>