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 薄くベールのかかった街並みが、窓の外を横滑りに流れていく。
 広いロビーには今も多くの者がいるが、窓の外をじっと眺めているのはただ1人である。他の者は、持参した飲食物を交えて談笑するか、備付の巨大スクリーンで放映されているアクション映画の鑑賞に忙しい。
「何かおもしろい物でも見えるかい? お嬢ちゃん」
 2人連れのいかにも軟派そうな男たちがからかうように声をかけると、窓の外に見入っていた少女は、ビクッと肩を震わせて振り返った。
 肩にかかるサラサラの金髪に、不安の色をたたえた、澄んだ空色の瞳。淡いピンク色のワン・ピースのスカートに、クリーム色の上着が、その可憐な美しさをさらに引き立てている。
「あっ……
 何を言っていいのかわからない様子で、少女は一度口を開いた。その声は、思わず洩らした一声だけで、充分に周囲の人々を魅了する美しさを備えている。
「綺麗だね……一緒に食事でもどう?」
 青年の一方が、少女の細い肩に手をかける。少女は怯えた目で見上げた。
 その時突然、ロビーの出入り口のほうから声がかかる。
「レシア! ここにいたの」
 亜麻色の髪をポニーテールにした少女が、器用に人の間を縫って、レシアという名らしい少女に近づく。
 彼女はそばまで来ると一度青年たちをにらみつけ、レシアの手を引いて引き返す。
「ああいうのに関わっちゃダメだよ。何されるかわかったモンじゃないんだから」
……そういうものですか?」
 2人の少女はことばを交わしながら、ロビーを出て行く。
 ロビー内の人々は、ドアが閉じるまでその後ろ姿を見送っていた。

 サウザントナイツ・エクスプレスは、ネルビア駅を出発してから2度目の夜を走り続けていた。
 レトロな列車は、当然この時代では最速の移動手段になり得ない。その客も、連休をいつもと違う雰囲気で過ごしたいという目的の者がほとんどだ。
「どうだ? 少しは慣れたか?」
 白衣姿の男が言い、レシアの肩に手をかけた。
 その黒目黒髪の青年は、白衣に似合わないほど体格がいい。その筋肉質な大きな手が、少女の向こう側の肩に回され――
 どがっ。
 横手から飛んできたスリッパが青年の顔に張り付き、青年はその勢いで椅子ごと床に倒れる。
「大丈夫ですか? ホルン教授」
 レシアが心配そうにのぞきこむ。その横で、ポニーテールの少女が腹立たしげに仁王立ちしていた。
「まったく油断もスキもありゃしない!」
 言って、軽く教授を蹴り転がすと、一転して優しいほほ笑みを浮かべ、目を丸くしているレシアを抱きしめる。
「あたしがちゃんと守ってあげるからね、心配いらないよ」
「ぐ……メルティ、あんなに反対してたくせに……
 床に倒れたまま、教授は恨みがましく声を上げる。
「まあ、今のところ大丈夫でしょう。他の人たちも早く来てくれると安心ですが」
 メルティが離れると、レシアは立ち上がって教授を助け起こした。そういう風にするからつけあがるんだよぉ……と、メルティが目で訴えるが、レシアは苦笑し、紅茶を入れる準備を始める。
「何でそんなに慣れてんだか……
 慣れた手つきで紅茶を入れるレシアに、教授は不思議そうに言った。
「なぜでしょうね?」
 レシアはいたずらっぽく笑った。

 ガシャン。
 部屋の外から、何かが割れるような音が響いた。通路の窓が割れたに違いない、と、ホルン教授は確信する。
 もちろんこの列車の窓はそう簡単に割れないものだが、それでも、この宇宙船が飛び回る時代、割る方法や道具はいくらでもある。〈割れる〉ではなく、〈割る〉行為を行わなければ割れないが。
「2人とも、離れてろ。様子を見てくる」
 不安げな少女たちにそう言うと、白衣の裏に右手をやる。そこには小型の麻痺銃――スタナーがあった。気休め程度だが、この列車内に持ち込めるのはそれくらいだ。
 それを白衣の中で右手にし、警備室と連絡を取るメルティらを振り返りながら、ドアのロックを外し、そっと押し開く。
 思った通り、木目の床の上にガラスの破片が散らばっていた。風が窓に空いた穴から吹き込み、寒さを感じる。
 窓ガラスの穴は大きかった。その気になれば人が通り抜けるのも可能だろう。そのための装備は必要だろうが。
「教授!」
 突然、後ろからレシアが呼びかけた。教授は振り向こうとする。
 その瞬間、彼は後頭部に重い衝撃を感じた。
「何っ……
 床に倒れた瞬間、視界に3人の人間の姿が入ってきた。新たに現れた姿……それは、金属性の警棒のような物を手にした、黒ずくめのものである。
 黒ずくめは教授にくるりと背を向け、2人の少女に歩み寄っていく。
「近寄らないでよ! ただじゃ済まさないんだから!」
 近くにあった木の椅子を持ち上げ、メルティはレシアの前に立ち塞がった。
 その勢いに圧されたわけではないだろうが、相手は立ち止まる。
 そして、黒ずくめが警棒の先端をひねって取ると、銀色に光る刃が現れる。
「ひっ……
 刃を見ると、さすがにメルティも怯んだ。男は、静かに、一歩一歩近づき……
 ゴッ!
 レシアが、熱湯入りのカップを相手の顔に投げつけた。黒ずくめは熱さに怯み、後退る。
「メルティ!」
 教授がスタナーを床に滑らせた。半ば放心していたメルティは慌ててそれをつかむ。
 そうはさせまいと刃を向けるその腕に、レシアが果敢につかみかかった。そのうちに、メルティは狙いをつける。
「今!」
 振りほどかれて床を転がりながら、レシアが叫ぶ。
 ドシュッ!
 オレンジ色の光線が狙い違わず、黒ずくめに命中した。
 その瞬間、黒ずくめは蒸発する。
「へ……?」
 茫然とし、メルティはへたり込む。
「もともと人間ではなかったんだろう。何、ただの人形だったのさ」
 何とか身を起こしながら、教授は溜め息を洩らす。そのそばに駆け寄ったレシアが無言で手をかざした。
 優しい光が教授の身体を包み、額から流れていた血も、その傷も、後頭部の鈍痛も、跡形もなく消し去る。
「なるほど、こういう芸当もありか……
 驚嘆し、少女を見やると、教授はさらに愕然とした。
 その澄んだ瞳から、それ以上に透明なしずくが、膝の上の手の甲にこぼれ落ちている。
 レシアは両手で顔を覆った。
「ごめんなさい……
「どうして? レシアちゃん、あたしたちは何ともないよ」
 放心状態から一気に回復したメルティが駆け寄り、優しくレシアを抱きしめる。
「オレたちは好きでやってんだ。何も気にすることはないさ」
 教授がレシアの頭をなでた。今度はメルティも文句を言わない。
 メルティは突然、レシアの身体が力を失ったのを感じた。
「レシア?」
 見ると、レシアは青ざめた顔をして失神している。
 列車に常駐している警備員が駆けつけてきたのは、その直後だった。

「本当に医務室に連れて行かなくてよろしいんですか?」
 列車の乗務員がそう聞いてくるのに、ホルン教授は苦笑まじりに答えた。
「人見知りする子でね……。それに、私も少しは医学を心得ている。病気というわけではないし、心配することはないさ」
 彼らはもといた部屋とは別の部屋に移っていた。不審者に襲われた部屋などにいられないだろう、という配慮である。
 ベッドに横たわった少女とそのそばに座っている少女をチラリと見やると、乗務員は静かに部屋を出て行った。
 それを見送り、教授がベッドのそばによると、メルティは心配そうな顔を上げる。
「大丈夫なの……? やっぱり、無駄に力を使ったから?」
「いや……力自体は余裕を持って供給してあるはずだ。たぶん、負荷ストレスがダメなんだろうな……
 意識のない少女の顔は、生気が感じられないほど蒼白だった。脈を確かめながら、教授は長い溜め息を洩らす。
「余りに違いすぎる環境と、現在の立場によるストレス。まあ、今までのいきさつがいきさつだし、今の状況が状況だし、これからやることがやることだからなあ」
 どこか投げやりに言いながら、再び溜め息。
 トントン。
 息を吐き終わらないうちに、教授は緊張で背筋を伸ばすことになった。つい、ドアをノックする音が危険信号だと思い込んでしまう。
 警備員や乗務員という可能性もある。一度不安げなメルティを見やってから、教授はドアの前に立った。白衣の裏には例によってスタナーが隠されている。
 右手を白衣の裏に突っ込んだまま、左手でドアノブをつかむ。
 一気に引き開け、一歩後退り――
「慎重でけっこうなことですね、教授」
 そこに立っていた小柄な姿は、見覚えのあるものだった。
 底知れない漆黒の瞳に、ベレー帽の中にまとめられた長い黒髪。襟にリボンのついたシャツにベージュのベストとパンツ。荷物は、腰のベルトにつけられた二つのポーチだけだ。
 一見美少年にも見えるこの女性の身元の詳細を知る者はいない。
「キイ!」
 愕然としている教授の後ろから、メルティが走り寄る。そして、そのまま勢いを殺さず、右腕を振り――
 ブンッ!
 しゃがみ込んだキイの上をラリアットが行き過ぎた。メルティは、チッ、と舌打ちしてから、平然としているキイをにらむ。
「まったくどこほっつき歩いてたのよ! こっちが大変なことになってるっていうのに!」
 キイ・マスターは苦笑した。しかし、その目は部屋の中へと向けられている。
 メルティが振り返ると、いつの間にか、目を覚ましたレシアがベッドを降りて立ち上がっていた。
「おいおい、無理は……
 と、止める教授の声も聞こえていない様子でキイに走り寄る。そのまま、まるで母にやっとめぐり逢えた迷子のように抱きついた。キイは再び苦笑し、優しく金髪をなでる。
「ちっ……妬けるなぁ」
「あの幸福そうな顔……負けたわ……
 メルティとホルン教授の鋭い視線がキイに突き刺さる。キイは来たときからずっと、その色の白い顔に苦笑いを浮かべたままだ。一方のレシアは、メルティのことば通り、安心しきった至福のほほ笑み。
「とりあえず、状況を話しませんか」
 やっとレシアが離れると、キイは表情を変えないまま、並んで嫉妬の炎を燃え上がらせている2人に声をかけた。2人が我に返っている間に、レシアは茶を入れる準備に取り掛かっている。
「しょうがないわね。聞いてあげるわよ」
 メルティもホルンともども、渋々奥のテーブルにつく。なぜか慣れた手つきで茶を入れてクッキーを用意したレシアが席に着くと、キイは説明を始めた。
……まずアッシュたちのほうですが、今のところ順調のようです。各都市では徐々に騒ぎになりつつありますね。政府や〈スキャナー〉に感づかれた形跡はありません。また、GPのほうですが、捜査は行き詰まっているようですね」
「まあ、そうだろうな……。当事者たちが姿を消しているし」
「教授たちが関わっていること自体はもうバレているでしょうがね。肝心の我々の行方や行動を読むにはまだまだ情報が足りていないでしょう。最も、〈スキャナー〉にはこっちの行動も読まれているようですね」
 キイは、自嘲めいた笑みを浮かべた。当然、先ほどの襲撃の情報も入手済みなのだろう。
「それで、どうなんだ? きみが来たからには、こっちの作戦も進んでいるんだろう?」
 紅茶を一口含んでから、教授が核心に触れる。
……ええ、メンバー7人全員配置済みです。あとは明日の作戦決行を待つだけです。ただ、敵もこの列車内に相応のスパイを侵入させているでしょう。気は抜けません」
 キイの緊張感のなさを見るととても信じられない、とメルティは密かに思った。事実、襲撃を受けているので、実際には言われるまでもないが。
 肩をすくめながら、彼女はあることに気づいた。レシアが、不安と期待のこもった目でキイの次のことばを待っている。
 キイもそれに気づいた。
「ああ……〈スキャナー〉とファンダウン重工サリウ支社の動向ですが、今のところ目立った動きはありません。アッシュたちの作戦の効果もありますが、サリウの市場は停止しています。盗品も倉庫に置かれたままでしょう……
 説明を聞くと、レシアはほっとしたように溜め息を洩らした。
 それからしばらくの間、沈黙が訪れた。ホルン教授は腕を組んで何やら考え込んでいる。
 彼は、思い出したように口を開いた。
「キイはこっちにいてくれるんだな」
「ええ、邪魔だと言われてもいますよ」
 平然と即答するキイ。
「ちょっと考えがあってな……他のメンバーの話も聞きたい。メルティ、一緒に来い」
「えぇー!」
 せっかちに立ち上がる教授に抗議の声を上げ、メルティはキイとレシアを振り返った。キイはいたずらっぽい笑みを浮かべ、手を振る。
「ゆっくりして来なよ。たまには気を抜くことも必要さ」
「そうですよ。ずっと緊張していては疲れてしまうでしょう?」
 キイのことばに反論しようとしたメルティは、レシアにほほ笑みかけられ、気づいてしまった。
 ここから離れてしまえば自分たちが襲われることはないんだ。2人は、あたしを安全なところへやろうとしている! 残ることはできない――足手まといになるだけだから。決してそうならない、強いキイが憎い。でも、その代わりを務めることはできない。
 それに、必死で自分の緊張を隠そうとするレシアも憎らしかった。
「わかった、行くわよ」
 残る2人から目をそらし、振り返らずに教授について出て行く。
 キイとレシアが不思議そうな顔をしているのをまぶたの裏に思い描きながら。

 事実、キイとレシアはしばらくの間、荒々しく閉められたドアを茫然と凝視していた。
 ……やがて、キイが決まり悪そうに、咳払いを一つ。
……何だか調子が狂うな。力は充分溜めておいたはずだがね、今の調子はどうだい?」
「はい……? あ、平気ですよ。もう大丈夫です、問題ありません」
 レシアは慌てたように答えた。先ほどまで蒼白だったその顔に、今はかすかに赤味がさしている。
 キイは小声でぼやいた。
「ふうん……。メルティのリクエストでなくて良かったな、でも今も問題は色々」
「はい?」
「いや、何も。ただ、思い出してただけさ。ずいぶんな事件になったもんだとね……
 キイがそう言うと、レシアは悲しげな表情を浮かべた。
「すべては、私の行動が軽率だったたせいです……そのために、あなたや教授やアッシュたちにまで、危険なことを……
「それは最初からわかっていたことだよ。我々がやることはどれも危険だらけさ」
 本気なのか冗談なのかわからない口調で、キイは言い切った。
「危険なのは皆承知。皆のためにやることは作戦を成功させることだよ。……まあ、今回の一連の事件がめまぐるしくとんでもなかったことも、きみがえらい目に遭ってることも、皆承知しているしね……
 キイは冷めた紅茶を一口すすった。
「運がなかったというか……ひとつの要素もかけていたら、ここまでのことは起きなかっただろうね」
 カップの中に、視線を落とす。
 キイはそこに、深淵の暗黒に漂ういくつもの宇宙船を見た気がした。

 暗黒のなかに、いくつもの残骸が浮かんでいた。捨てられて、宇宙のゴミとなった宇宙船たち。その無数の残骸の向こうに、うっすらと、もやに包まれたような人工の星が浮かび上がっていた。
 その星は、もともとはネラウル星系の政府の管理下にあった。今も、その機能は政府により管理されている。
 しかし、その人工衛星――ミルドの土地そのものは、ある事件以来、一人の身元詳細不明の女性の手に渡っていた。
「今のところ異常なしか。海賊のねぐらがわかるといいんだけどな」
 ミルドの土地所有者、キイ・マスターは、メインモニターに映る『船の墓場』を見つめて言う。その漆黒の瞳に映るのは、なんとも気が滅入るような光景だ。
『やはり船の墓場のどこかに隠れているのかもしれませんが……。墓場のなかには完全に停止していない船もあるようですね。探ってみますか?』
 宇宙船XEX――ゼクロスの美しい声が、白いブリッジに響く。
「ああ、これも土地所有者の義務。パトロールしてみますか」
 びっしりと並んだ船を横目で見ながら、キイはうなずいた。

 状況は、予想を遥かに上回るものだった。
「海賊……?」
 散歩気分だったキイは、艦長席で背筋を正す。
『正体不明の船は4機。襲撃を受けているのはジザイオのファンダウン重工サリウ支社の輸送船です』
 白い輸送船が、それより一回り小さい、闇色の戦艦に攻撃されていた。レーザーが表面を削り、破片が散る。
 キイは、疑問を持った。
 なぜ、大型の輸送船がこんなところに? それも、護衛もつけないで。
『キイ、助けましょう。この墓場の仲間入りを増やしたくないでしょう?』
 何かがおかしい。キイは考えながら言った。
「待ってくれ。ジザイオはあの輸送船に出航許可は出しているか?」
『はい。航宙センターのデータベースによると、予定はきちんと公表されていますよ?』
 ゼクロスの機体は、大きな船の陰に隠されている。その船体越しに、レーザーの1本が輸送船を捉え、爆発が起きたのが見えた。
『もう待てませんよ! 行きます!』
 攻撃を続ける戦艦の兵器に照準を合わせながら、ゼクロスは捨てられた船の陰から飛び出した。即座に、敵機の1機がこちらにレーザー砲を向ける。
 しかし、一撃は紺と白を基調とする機体に触れることはなかった。それは、XEX本体の周囲を巡る輪、CSリングに阻まれる。
 無傷のまま、ゼクロスはレーザー砲を2門起動。それは狙い違わず、相手方のレーザー砲を破壊する。
 残りの2機の姿を追い、輸送船の向こうへ回り込む。
「こうなったらしょうがない。とっとと片付けて輸送船を誘導だ」

 その、数分前。
 衛星ミルドの陰に巨大な機体を隠しながら、GP――ギャラクシーポリスの最大最強宇宙戦艦デザイアズは、輸送船とそれに襲いかかる船籍不明戦艦をモニタリングしていた。
『輸送船に近づく船が2機あります。AS搭載船――ゼクロスと……海賊のようです』
 報告を受けると、艦長であるベンダインは、わずかな間、考え込んだ。広いブリッジでそれぞれの席についた他のクルーたちは、静かに指示を待っている。
「おもしろい……連中の尻尾がつかめるかもしれん。モニタリングを続けろ」
……ゼクロスを囮に使う気ですか?』
「もともと囮作戦なんだ。そこに予想外の邪魔が入ったというだけだよ。海賊を捕えることは何よりも優先すべきだ」
……了解しました』

「くっ!?」
 突然の横からの衝撃に、キイは席から投げ出され、床に転がって受身を取った。
 すでに、4機の敵艦は戦力を失ったはずだ。疑問を抱きながら顔を上げるキイの上に、ゼクロスの危機感に満ちた声が降ってくる。
『リングが無効化されています! ASです、海賊船と思われる船が攻撃してきます』
 モニターに、青白い、見たことのない大型戦艦がその巨体をあらわにしていた。海賊船として想像されてきたものとはまったく違う、不思議なデザインの戦艦。
「こちらもASで対抗だ。バリアを張って輸送船を守ろう。ここで本気の戦いをやることになるとはね」
 艦長席に座り直し、メインモニターをにらむ。
 量子力学的情報を操る装置、AS――アストラルシステム。それは、使い手次第で強力な兵器となる。ゼクロスだけでなくキイも、そのASの使い手だ。そして、ASの使い手たちは皆、ゼクロスがASの開発者だという公式発表を知っている。
 AS使い同士の戦い――しかし、どちらが有利かは明らかだ。
『リング再生。バリア平面展開。後顧の憂いは絶ちました。相手はこちらをスキャンしています』
「敵もバリアを張っているだろうな。まずは一点集中でエンジン部分を狙おう」
 モニターを、細い光の線が縦断した。ASの力を収束させ、淡く輝くバリアをつらぬき、光線が相手本体に届く。画面の中で小さな爆発が起きたのが見えた。
 それに、相手も反撃。無数のレーザーが発射され、バリアに阻まれた。まずは小手調べのつもりらしい。
 しかし、画面からレーザーの光が消えないうちに、ゼクロスは敵艦の異変をキャッチしていた。
『こちらに急接近して来ます! 体当たりする気のようです』
「リングに力を回せ。体当たりはこっちの十八番だ」
 機体をめぐるCSリングが一段と白銀の輝きを放つ。
 レーザーがバリアに跳ね返る、光る水しぶきのような膜をつらぬき、巨大な機首がモニター画面いっぱいに迫る!
 船に衝撃が走る。リングが、敵艦の表面にくい込み、切り裂く。しかし、相手は止まらない。
『輸送船ごと押し潰す気でしょうか? バリアで持ちこたえます。しかし、なぜ捨て身で……うっ!?』
「ゼクロス!?」
 機体を支える力が急激に弱まる。キイは自身のASを使い、バリアを補強した。
『キイ……! 敵が……
 言いかけたその時、ブリッジが大きく揺れた。
 海賊船の体当たり以外にも、彼らは攻撃を受けていた。それも、後ろから。
 輸送船の向こう、そこに白い機体が現われていた。
 デザイアズはゼクロスを巻き込みながら、海賊船を攻撃する。強力な力の奔流が、その周囲になだれ込み――
 光が、放たれた!
「GPが……なぜ……
 茫然とするキイの前で、モニターは光に満たされた。
 叩きつける力が、宇宙船XEXを押し流す。
 衛星ミルドへ向かって――。

 ネラウル系第2衛星、ミルド。かつて制御システムのメインコンピュータの暴走で人の近づけない人工衛星となったここにも、わずかに住人がいた。メインコンピュータが正常に戻った今、自由都市ネスカリアから派遣された技師やスタッフもいるものの、衛星の機能の管理に当たっている者のほとんどは、政府に雇われた地元の者である。
 メインコンピュータではなく、かつて大きな屋敷だったものを改造した管制塔で、スコットはレーダーの状態を確認していた。衛星付近で戦闘が行われていることは、他の機器の表示からも知れていた。
「戦いは終ったみたいだな……でも、何かが近づいて来る」
「一応、レーザー用意」
 主任のジェライト・ルーブルが指示を出した。ここでの観測結果は、すでにメイン・コンピュータのある第一研究所、街がある飛行場にも知らされている。
「近づいてくるというか……これ、落下してんじゃないか? 宇宙船みてえだな」
 頭の後ろで手を組み、何てことはない、と言う調子で椅子に寄りかかっていたスコットは、ふと気がついて立ち上がった。ゴーグルをかけ、特殊な素材でできた窓から曇った空を見上げる。
 ミルドの空はいつも暗く、視界もいいとは言えない。高性能カメラも、まだ異変を映し出してはいなかった。
「対象の高度低下中。間もなく視認できます」
 オペレーターのマリナが告げる。
 モニターの一つに灯が入った。白衣姿の青年の顔が映し出される。
『状況はどうだ?』
「対象からは応答はない。通信機能が故障しているか、停止しているようだ。敵意はないと思われる。……しかし教授、あなたが気にかけられるとはな」
 ルーブルもこの衛星の民である。彼も、ベイルーク・ホルン教授が偏屈と呼ばれていることは知っていた。
 そのウワサを気にしてのことではないだろうが、教授は浮かない顔で答えた。
……今、私のかつての教え子たちがここに来ているんだが……そのなかの一人が、馴染みのある気配がすると言っている。理由はわからないが、直感の鋭い子でね、私としても気になるんだよ』
 とても彼のことばとは思えない、非科学的な理由じゃないか、と、ルーブルは感想を抱いた。
 しかし、間もなく、スコットの驚きの声がホルンのことばの正しさを裏付ける。
「冗談だろ……
 室内のスタッフの目が、高性能カメラの映像に釘付けになる。
 紺色の翼の小型宇宙船が、錐もみ状態で落下してくる。スコットやホルンはもちろん、ルーブルらも、その船には見覚えがあった。彼らミルドの者にとって、忘れ難いその姿、そしてその名。
『何とかならないか?』
 このまま無防備に地面と激突すれば、重大なダメージは免れない。何とか、落下速度を落とし、衝撃を吸収することはできないだろうか?
 ルーブルは周囲を見回し、唇をかむ。ここでは、設備が貧しすぎる。一体どうすればいいというのだ?
『重力波かバリアでもないのか? 確か、船はあったはずだ。昔のオンボロ船でもその辺の機能さえ動けばいい。気休めでもいいから探すんだ』
「手分けして探せ! 格納庫だ!」
 オペレーター以外のスタッフたち、それにルーブル自身も、屋敷の格納庫に向かう。チャンネルが開かれたまま、モニターからホルンの姿が消えた。飛行場である向こうでも、古い宇宙船を探そうというのだろう。
 問題は、ただ、間に合うかどうか、それだけだ。
「こっちだ! 急げ!」
 スタッフを扇動し、ルーブルは格納庫に走り込む。それぞれ適当な、手入れもされていない古い船に乗り込むと、ブリッジでバリアと重力波を機動する。全員がやり方を知っているわけではないので、スコットが通信を通じ、指示を下した。
「重力波を反転させろ! マリナ、座標を送ってくれ」
 祈るような気持ちで、彼らは作業を終えた。マリナは対象の落下速度が落ちるのを確認するが、それが充分とは思えなかった。
 もう少しでもっと効果が表われるはず――そう期待した直後、画面の下に地面が見える。
「間に合わない……!」
 マリナは思わず、両手で顔を覆った。直後の爆音を予想しながら。
 轟音が耳に届く。何かを引き裂き、えぐり、へし折るような音。それは確かに凄惨なものだったが、予想していたものよりは規模が小さかった。
 マリナは指の間から、チラリとモニターを見た。
 白い胴体が地面をえぐる。埃や何かの破片が舞い上がった。地面を滑りながら大きくバランスを崩し、紺の翼が地面に叩きつけられる。回転しながらスライドしているうちに急激に勢いをそがれ、やがて、機体は停止した。
 とりあえず、船はその姿を留めていた。致命的なダメージは、外観上は見られない。
「このままシャトルを出すぞ! ついて来るものはついて来い!」
 ほとんどここの管理を投げ出したような調子で、ルーブルはシャトルに駆け込んだ。スコットも言われるまでもなく、すでにシャトルのエンジンを起動している。
「マリナ、あとは任せた。とにかく、一大事だからな……
 すでに、飛行場のほうでもシャトルを出しているだろう。マリナが格納庫の出口を開けると、シャトルはスコットの操縦で、勢いよく飛び出していった。



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