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咎人たちは風と詠いて(5)
ただ理不尽な日々を続けていくことが、果たして生きているといえるのか。時には政府の気まぐれで命を落とすこともある、何もしなければ変わることのない日々の連続が。
それでも、忠実に仕事をこなしてさえいれば、長生きはできるかもしれない。いつか、アレツの政府が考えを変えるかもしれない。
夜空の下で、ぽつりぽつりと砂漠にともった焚火の周囲を、重い沈黙が包む。まるで時が止まったように。
その時を、静かな、澄んだ音色が動かした。
綺麗な、穏やかなメロディー。紋章を右手に持つ少年たちの中には、楽器が奏でる音というものを、今まで聞いたことがない者もいる。
音色の元を捜して視線を動かすと、皆の目に、オカリナを吹くホナミの姿が映る。
そのとなりで、ツキミが歌い始めた。
蒼く歪む月、遠い空の彼方
目を閉じると浮かんでくる、あなたの笑顔
風は運ぶ、このことば
水も陽のぬくもりも、花の香りも
大地の上を吹き抜けて、心を潤す
新しい風を身にまとって
子どもたちは走り出す、次の時代へ……
綺麗で、緩やかで、勇壮なメロディーだった。ほとんど初めて耳にする音楽という芸術に、ある者は目を見開き、ある者は名残を惜しむように目を閉じていた。
曲が終わると、ホナミが閉じていた目を開く。
「……放っておけば、誰かが何とかしてくれるのかもしれません。でも、他人が起こした風で、わたしたちは新たな場所へ飛んで行けるのでしょうか?」
アレツ政府が、地球政府が、あるいは他の権力を持つ人々が。他人が、何とかしてくれるかもしれない。
そして、いつまでも、それはないかもしれない。百年近い間、咎人たちはアレツ政府に今の扱いを受けている。
「誰かが何とかしてくれたとき、わたしたちは……わたしたちの後の世代は、生きていくだけの力を残しているでしょうか。命令通りに動くことだけが、身体に染み付いた咎人が」
まるで母親が子どもをさとすように、優しく語りかけ、穏やかに皆の顔を見渡す。
その、女神のように白く美しい顔を向けられた少年たちの胸に去来するものは何か。
答は出ないまま、その夜は更けていった。
シティ・ワンに停車した砂上列車から、いつもの通り、仕事を与えられた少年少女たちが飛び出していく。
「いいか、タイムリミットは四〇分だぞ!」
シェザースの声を背中で聞きながら、担当の荷物を手にそれぞれの届け先へ散る。今回ナユトが手にしたのは、一抱えほどの小さな箱だった。その箱に、彼は上着の袖から取り出した紙の切れ端を滑り込ませる。
「上手くやってくれよ」
小さくささやき、彼は目的のテントに駆け込む。
テントのなかでは、少年たちがマットに特殊繊維の布を貼り付ける作業をしていた。なかには、顔見知りもいた。
「よお、フレッセ。元気そうだな」
「なんとかな。お疲れさん。今回は余裕ありそうだし、茶でもどうだ? こっちもノルマはもう果たせそうだし」
荷物を受け取り、このテントのリーダー格である赤毛の少年が、座るように勧めた。
「ああ……荷物の中身は、ちゃんと後で確認してくれよ」
そう答え、少年たちは地面に敷かれたゴザの上に腰を下ろす。
「わかってるさ……どうだい、そっちのほうは? 美人の姉妹が入ってきたらしいけど」
「ああ……それが、とんだじゃじゃ馬でね。どうしても、一番足りないものが欲しいっていうのさ」
「一番足りないもの?」
苦笑交じりのことばに、フレッセは眉をひそめる。
「ああ。仕方がないから、オレたちも乗ってやることにしたんだ」
フレッセは一瞬、テントの他のメンバーたちと、鋭く目を見交わす。
彼らが自分のことばの真意を察したことを見て、久々に、ナユトは笑みを見せた。
「ま、そういうことなら、オレたちも一枚かませろよ。ここには、臆病者はいないからな」
フレッセのことばに、その仲間たちはうなずいた。