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咎人たちは風と詠いて(4)

 風のない夜だった。
 砂上列車〈スカーレットウィンド〉は、シティ・スリーとシティ・ワンの間に停車していた。普段は昼も夜もなく走り続けるが、今日は一ヶ月に一度の車輛点検日だった。
「とりあえず、お前らは列車組に決まったぜ」
 車輛を降りたナユトが、姉妹に近づきながらおもしろくもなく言った。
 夜闇に沈んだ砂漠の上で、少年たちはそれぞれのグループで焚火をともし、その周りを囲んでいた。配給された、味も素っ気もないクッキーのような栄養食の夕食を終え、一部は唯一の娯楽とも言える雑談を交わしている。だが、大部分はひたすら黙り込んでいた。
「……そっか」
 おしゃべりなツキミも、ただ黙り込んでいた。一言だけ返して、となりに腰を下ろすナユトを見た。
 発車に間に合わなかったあの少年の目が、彼女の脳裏に焼きついている。すがるようにして見上げた、あの茶色の目。その目が最後に映していたのは、絶望だった。
 決められた仕事に、決められた時間、決められた結果。わずかでもミスをした者は、存在する必要がない者として、切り捨てられる。
 まるで、出口のない迷宮だった。
「ねえ、何とかならないかな」
 考えながら炎を注視していた少女の口から、小さな声が洩れた。周囲が静かでなければ、となりの人間でも聞き逃していただろう。
 その声の小ささと内容のさりげなさに、ナユトは反応が遅れる。
「……何とかって、なにを?」
 眉をひそめ、少年は問うた。
 ぼうっとオレンジ色の揺らめきを見ていたツキミが顔を上げたとき、その瞳には、いつもの勝気な光が宿っていた。
「だって……こんなのおかしいよ。あたしたち、何か悪いことしたの? そりゃ、生きていくために、ちょっとは悪いことをしたかもしれないけど……だからって、こうやってただ好きなように使われて切り捨てられるほど、悪いことはしてないよ」
「そんなの、仕方がないよ」
 背後から、静かな声が応じた。ツキミに集まっていた視線が、列車の壁を背中にしてうずくまっている、金髪の少年に向けられる。
「ぼくたちは最初から、呪われているんだ。これがある限り、逃れられない。どうしようもないよ」
 右手に刻まれた、ボロボロの翼を広げたコウモリのシルエットのような紋章。少年たちは、憎しみやあきらめを込めて、右手の甲を見る。
「だからって、このままじゃあ、ずっとヤツらの言いなりだよ! みんな無気力で、抵抗の意志もないの? 何もしなけりゃ、あたしたちの次の代も、その次の子どもたちも……止める者がいなけりゃ永遠に続くんだよ」
「抵抗はしたさ」
 ナユトが、努めて無感情に、少女のことばを遮った。少女は、驚いたように大きな目を向ける。彼が言いたいことばを口にしたのは、別の、青年の声だった。
「二年足らず前……大人たちが、管理システムを破壊しようと蜂起した。何とかセンサーを騙して列車を抜け出し、危険を冒して徒歩でメインベースに……それも、基地のカメラに見つかるなり、次々と死んでいった。やっとシステムに辿り着いた数人も、レーザーで焼かれて死んだ」
 この星に、大人が少ない理由。それを、新米たちは初めて知った。
「あのとき、オレは列車に残った。だから生き残れた。でも、オレは……戦いに行くことができなかったことを、今も心残りに思っている」
 静けさのなか、リーダーが独白のように語る。
 全員が、この場にいる唯一の『大人』を見た。子どもたちが、時に父親とも、兄とも思う、ただ一人対等ではない相手を。
「いつかは……戦わなければいけないのかもしれない。その戦いまで、次の代、あるいはずっと先に持ち越すよりは……」
「戦って、勝てると思うの?」
 再び、落ち着き払った少年の声が遮る。
「オーリス!」
「しょうがねえだろ、そいつ、臆病者なんだからよ。機械をいじってばっかで、物言わない機械だけが友だちなのさ」
 ツキミが腹立たしげに声を荒げ、グレスがからかう。だが、オーリスは表情を変えることもなく、暗い目を向けていた。
「前回と同じことをしても、同じように負けるだけだよ。道具も手に入らないここで、一体どんな作戦を立てられるの?」
 彼の問いかけに、皆は沈黙を返す。
 その、ことば通りだった。会話は監視されていないものの、通常移動中は指令がなければ列車から出ることもできず、町に着けばタイムリミット内で与えられた仕事をこなすしかない。
「……方法は、あるはずだ。必ず」
 まるで自分のことばに確信が持てないように、ぽつりと言った。
 少年たちはうなだれ、考える。命を賭けて戦うことと、このままいつ命を落としてもおかしくない日々を続けていくことの意味を。


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