#DOWN

終結 ―遠い〈記憶〉の彼方―(1)

 赤茶けた土を雲ひとつない空にさらす、荒野が広がっていた。空気は乾き、陽射しは少々強過ぎるくらいに地上を照りつける。
 帽子やスカーフで直射日光を避けながらその荒野を歩く、五人の少年少女の姿があった。
 背中を流れる汗の感触が気持ち悪い。そこまで再現しなくてもいいのに、と思いながら、少女の一人が声を上げる。
「足跡もない……クレオ、ほんとにこっちの方向でいいの?」
 いつもの涼しげな服に麦わら帽子を被った格好のルチルが、古ぼけた地図を広げてコンパスを先頭を行く少年に目を向けた。
「うん……こっちのはずなんだけど……」
「相手はクラッカーよ。妨害されていることもありえる」
 ネファリウスで手に入れたコートと帽子を身につけたまま、リルがいつもの落ち着いた口調で指摘する。彼女の服装はルチルと比べるまでもなく暑苦しいが、本人はいたって涼しい顔をしている。
 彼女が押している車椅子の上のステラも、ネファリウスから同じ服装を着たままだ。ブロンドのの少女は、フードで陽射しを避けている。
「大丈夫です……今のところ、罠の痕跡はありません。システムも正常に動いているようです」
 周囲を見回し、シータが請け合った。
 ひび割れ、乾いた大地の彼方には、青紫にかすむ山脈が見えた。反対側には地平線がのび、地図によると、その向こうに海が広がっている。
 シュメール・ワールド。地球上の古代遺跡をめぐり、謎を解いて強力な兵器などを手にいれながら、同じく、遺跡に隠された力を狙う地球外からの侵略者たちと戦うことをテーマにした、人気の高いワールドだ。
 ここでは、レベルやクラスといった概念はない。手に入れた道具や武器、知識が重要視される。ただ、ルチルはサイバーフォース用レイガンを、クレオは剣を持ち込んでいたが。
「あたしたちは、来たるべくして来た……だから、こうしてここにいる」
 水筒の水を一口すすり、リルがぽつりと言った。
 そして、彼女は先頭の少年に目を向ける。
「でも、あなたがあたしを選んだのは偶然のはず。何か、決め手はあったの?」
 曇ったような、それが決して悪印象ではなく、神秘的に感じられる灰色の目で見つめられ、クレオは頭をかいた。
「あの酒場の前にも、いくつか回ったんだけど……やっぱり、可愛い子がいいなって。あ、それだけじゃなくて……」
 ルチルに邪険に脇を突かれ、慌ててことばをつなぐ。
「リルちゃんの雰囲気、どっかで会ったことがある、誰かに似てるんだ。だから知り合いだったら話が楽かなーっと思ったんだけど、別人だったみたい」
「……そういうこと」
 納得したらしい声を返して、リルは視線を地平線の向こうに戻す。
 まるですっかり興味を失ったような様子に肩を落としながら、クレオは正面に向き直る。その視界に、地平線から突き出た尖塔のシルエットが飛び込んだ。
 地図上にはナホバ聖殿と記された、半ば丘に埋もれた神殿だ。荒野と一体化しているようにも見える、赤茶色の土を固めたような外観が、乾いた土を踏みしめて歩く少年たちの前で、大きくなっていく。
「いよいよか……」
 つぶやき、赤毛の少女は腰のレイガンを軽く叩く。
 そのとなりで、クレオが地図をたたんでベルトに通したポシェットにしまい、剣の握りの感触を確かめる。儀式用とはいえ、充分実用に耐えられる物だ。
 大きな口を開けている遺跡の前で、一度立ち止まり、両脇に石柱が並ぶ入口を見上げる。なかは暗く、陽の射さない回廊の奥は、ただ闇が広がるばかりだ。
 リルは着ていたコートを脱ぎ、少し考えてから、丸めて帽子と一緒に出入口のそばに置いた。
「覚悟はいい?」
 背負ったリュックからランプ型のライトを取り出し、スイッチを入れ、ルチルが振り向く。
 緊張感のなか、全員がうなずいた。
 ここまできて怖気づくような面々でないことは、お互いにわかっている。ためらいなく、クレオとルチルが、遺跡内への最初の一歩を踏み出した。
 壁に装飾があるわけでも、天井に道案内が記されているわけでもない。
 地味な一本道を、五人は慎重に進む。殿堂入りのクレアトールことシータはもちろん、他の四人も、この昔から人気の高いワールドの知識は持っている。
 とはいえ、こういった場所での探検は、レイフォード・ワールドのダンジョン探索と余り変わりはない。罠や敵の気配に気をつけながら、慎重に進んでいくだけだ。

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