#DOWN
決意 ―背神者たちの〈追走〉―(11)
擦りむいた額を撫でながら起き上がる彼に、つい今しがたの怒りの表情とは打って変わって、シータがほほ笑みを向ける。
「よく、決断しましたね」
差し出された手を、クレオはどこか恥ずかしいような、誇らしげな思いで握る。
「オレ一人の力で決断したんじゃないけど……まあね」
シータが、倒れていたクレオを引き起こす。クレオが倒れていた原因はともかく、男同士の友情をそのまま表わしたような光景だった。
そこに、ルチルが意地悪なことばを挟んだ。
「そういえばクレオ。クレアトールはリルの運命の人らしいよぉ」
「ルチル……」
さすがにリルが非難の目を向けるが、すでに遅かった。
「ホントかぁ !?」
シータと両手を組み合い、相手に押し付けながら、クレオはにらみつける。
「わたしに聞いても仕方がないでしょう! あなたも、忙しい人ですねえ」
「あんたはどー思ってんだよ!」
「そ、そんなこと知りませんっ」
「自分でも知らないって、どういうことだよ!」
なぜか〈運命の人〉の意味が一人歩きしているのにあきれながら、リルはふと、周囲を見回す。
ルチルがとなりで寂しそうにしているのは見るまでもないが、ステラが視線に気づき、クレオを指さしてから、指先を快晴の空に向ける。
少し考えて、リルは、空の向こうを別の世界と解釈した。
「クレオ。あなた、シュメール・ワールドへの行き方を知ってるでしょう?」
有無を言わさぬ口調に、少年は振り返らざるを得なかった。その向こうで、やっと解放されたシータが、ほっとした様子で溜め息を吐く。
「ああ……一度行ったから。あそこには、管理局へのゲートができてるはずだよ」
「時間がないの。賢者は、教会にはいないんでしょう?」
「確かに……啓昇党のクラッカーたちもいなかったし」
リルが、シータと目を合わせた。その仕草に、クレオが少しムッとする。
「どうやら……儀式は誘導も兼ねていたようですね。今頃、賢者はクラッカーらと一緒に管理局の中心部に侵入しているはずです。セルサスの、より深い部分を支配するために」
「そうだ、急がないと! クレオ、行き方を教えてくれる?」
急に義務感にかられたように、ルチルが勢いよくクレオにつかみかかる。襟首を締め上げられ、クレオは顔を真っ赤にして大きくうなずく。
「わかった、教える、教えるから! 案内するから、放して」
「急いでよ!」
ルチルの手を逃れ、追い立てられるようにして、クレオが慎重に歩き出す。
素直にそのあとを追う四人を、突然、少年が奇妙な目で振り返った。
「当然のように、みんなついて来るんだね」
彼には、ルチルはともかく、ほかの皆が一緒にシュメールへ行く理由はないように思えた。啓昇党のクラッカーたちが集まる場所へ、彼らの狙いを阻止しに行くのは、当然、危険極まりないことだ。
「わたしは、最初からそれが目的ですからね。力ある者の義務です」
シータは、何でもないことのように言った。実際、彼にとっては予定通りの行動に過ぎないのだろう。
「ここまで来て逃げるわけにはいかないわ。それに、逃げられるわけにはいかないし」
と、リルは意味深長に、シータを見る。そのそばで、ステラがいつもの穏やかな笑顔でうなずいた。
再び嫉妬の炎に胸を焦がしながらも、クレオは、リルではなくステラに気を取られた。ことばを持たず、視力もないはずの少女だが、彼女の状況を読んだ反応は的確だ。
思えば、一番不思議な存在が、彼女だった。出身も、なぜスペース・ワールドにいたのかもわからず、危険な道行に、当然のように同行している。何が目的なのかも、はっきりしない。
「移動の間に、話すべきことを話してしまうよ。あたしも、あんたに話したいことあるし……て、今度はステラにご執心?」
意地悪に顔をのぞきこんでくるルチルの声で、クレオは我に返る。
「あはは、いや、そうじゃなくて……とにかく、行こうか」
誤魔化すように笑い、周囲に追っ手の気配が無いのを確かめてから、彼は小路を歩き出した。
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