#DOWN
決意 ―背神者たちの〈追走〉―(10)
「みんな聞いてくれ、道を自分で選ぶんなら、啓昇党の力なんて要らない! 一人一人が決めるんだ、救世主も賢者も必要ない!」
観客たちがざわめき始めた。
そのざわめきが全体に行き渡るのを待って、少年は走り出す。もう一方の少年が止めるのも、どこかから聞こえる静止の声も振り切るように、全力で。
観客のど真ん中が割れ、少年を通す。走っている間に、彼は神官服を脱ぎ捨てた。
彼が駆け抜けて行く、延長線上。
そこには、銀髪の少女の姿があった。
「やっぱり生きてたんだね、リルちゃん!」
彼は叫び、目に馴染んだ姿を、その存在を全身で確かめようと、大きく跳んで腕を伸ばす。――一瞬でも早く、彼女のもとに辿り着くように。
それを、少女は華麗に避けた。
「危ないじゃない」
「酷い……」
顔から地面に突っ込み、クレオはぼやいた。だが、状況が差し迫っているのはわかっているらしく、すぐに起き上がって顔を振る。
「全員気絶させてもよいのですが……さすがに面倒ですね」
袖口から黒い鎖を取り出し、神官たちと相対しながら、シータが肩をすくめる。
その様子を見たクレオは、何かを思いついたように、リルの手をつかんだ。
「みんな、こっちっだ!」
叫び、走り出す。リルたちがやって来たのとは逆の出入口に。
「仕方がないねえ」
ルチルがステラの車椅子を押し、それに、後ろを警戒しながらシータが続く。
クレオが剣を左右に振り、神官たちを牽制すると、相手はそれ以上、近づこうとしなかった。見知った相手、それも、救世主のはずの少年だ。彼らだけの判断で、傷つけることはできないらしい。
妨害がないことに少し拍子抜けしながら、五人は、立ち尽くす神官たちと観客たちの前から姿を消した。
ゼーメルの北出口も、どうやら、ネファリウスに通じていたようだった。クレオは皆を、住宅街の、無人の建物に囲まれた、ある小さな空間に誘導する。
彼が昔、一人になりたいときに、よく教会を抜け出して来た場所だった。長年啓昇党で一緒に暮らしていた友人にも、ここの存在は教えていない。
追っ手も、少年の秘密の場所は知らないのか、周囲は静かなものだった。
「えーっと……」
そんな中、四人に視線を向けられ、冷汗を浮かべながら頭をかくのは、当然、クレオである。
彼はとりあえず、一番近くにいるリルに目を向けた。
「や、やあリルちゃん、そのメガネも髪型も、よく似合ってるよ」
「他に言うことはないの?」
少女は溜め息交じりに応じ、メガネを外してコートのポケットに入れる。
「そうそう。何よ、リルばかり……そういえば、あたしだけ、結婚したいとか一緒に暮らしたいとか言われてないねえ」
ルチルが割り込み、腰に手を当てて少年に迫る。顔が触れそうなほど近づけられ、少年はのけぞった。
「いや、その……それは、ルチルちゃんが大人の魅力たっぷりだから、意外にガードが堅いかなって……」
「ホントにぃ?」
疑わしげに表情を歪めてから、彼女は、プイと横を向く。
「確かに、そうだったかもしれないけどさ……でも、人の心配も知らないで……」
「えっ、あの、ルチル?」
目を伏せる少女の前で、慌てるクレオ。
彼は助けを求めるように見回すが、明後日の方向を見ているリルも、不思議そうに見上げるステラも、少し離れたところで壁にもたれかかって瞑目しているシータも、救いの手を差し伸べてくれそうにない。
「ええと……ごめん」
ことばで何を言っても、言い訳にしかならない。
そう悟って観念したように頭を下げる少年に、密かに、ルチルは笑みを向ける。相手が顔を上げるまでの、短い間。
「まあ、あたしも色々黙ってて、謝らないといけないこともあるし……色々、話さないとね。そうそう、シータがクレアトールだったってこととか」
明るい声に戻り、ルチルが立てた親指でもう一人の少年をさす。
彼女のことばに対し、クレオは激しく反応した。
少年は目を丸くすると、どこか嬉しそうに、口もとを緩める。
「え……クレア……ってことは、やっぱり女の子だったの?」
彼が素早く振り返るよりも、シータの動きが速かった。
黒い鎖が彼の足首にからみ、後ろに引いて転倒させた。彼はまた、石畳に口づけをすることになる。
「ぐ……まだ何もしてないのに……」
「だからこの名を名のるのは嫌だったんです! わたしはシータ、いやだから男ですから、倒れたまま手を握ろうとするのは止めてください」
「なんだ、男か。男は敵だ」
地面でもがきながら、シータのことばを最後まで聞き届けて、クレオはようやく、そう結論付けた。
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