#DOWN
終結 ―遠い〈記憶〉の彼方―(2)
「確か、前に潜ったときは、そろそろ……あった」
クレオが口を開いて間もなく、ライトの光が階段を捉える。
「下は、そんなに広くないよ。ただ、ちょっと厄介なトラップがあって……」
「厄介なトラップ?」
ライトを掲げ、緩やかな階段を降りながら、ルチルは問うた。そして、振り返ったところで男性陣がステラの車椅子を下ろしていることに気づき、そのまま待つ。
周囲は、かなり入り組んだ迷宮になっていた。階段のある部屋から、分かれ道が四方に伸びている。
「確かに、厄介そうね」
底知れない奥へ続いている通路を見て、リルは肩をすくめた。
辺りは静かで、冷ややかな空気に満たされている。生物の気配はなく、まるで時が止まったような、聖域を思わせる雰囲気がある。
全員が部屋に下りると、クレオがジャケットのポケットからペンライトを取り出した。
「先に行くには通路の先にあるレバーを下ろさないといけないんだけど、ここは、一定時間ごとに、この部屋を中心に、四つの区画に分かれた周りの通路がメチャクチャな方向に回転するんだ。だから、誰かがここで回転を見ていたほうがいい」
ペンライトのスイッチを入れると、彼は、ある通路の入口を照らす。
「まあ、ここはもう野獣も全部掃除されてるし、やってくる冒険者もいないだろうし。女の子たちは、ここで待っててよ」
少女たちに妙にさわやかな口調で言うと、目を丸くしているシータの手首をつかまえ、歩き出す。
「ほら、とっとと歩く!」
「あなた一人で充分でしょう」
「これ以上、あんただけを女の子たちと一緒にしておけないね! だいたい、オレが離れなきゃいけないのに、あんたが残るなんて」
文句を言いながら、シータを引きずるようにドカドカと闇に消えていく少年の姿を、三人の少女たちは気の抜けたような顔で見送った。
ペンライトの頼りない光が奥に消え、足音も声も届かなくなると、圧し潰されそうな静寂が残る。
自分の鼓動が最大の騒音に聞こえる静けさに耐えられず、ルチルが口を開く。
「あー……ねえ、リルは、家族とかいないの? みんな脱出組だった?」
彼女が振り返ると、階段の三段目に横から腰かけ、足をぶらぶらさせている少女の姿が目に入る。
「ここにも、脱出組にもいないわ。親戚は、向こうに乗ってるかもしれないけど……面識はそんなにないし」
突然の質問にも、正面の通路を見つめたまま、銀の妖精は淡々と応じる。
「あなたは、向こうに家族がいるみたいね」
スペース・ワールドのシャトル内での相手の様子を思い出したのか、少女は、視線をとなりに向けてそう問い返す。
その灰色の目には、決して答を強制する色はなかった。だが、質問を受けて逃げるのは、ルチルの性格上、無理な話だ。
「ああ、いるよ。両親に、姉貴と弟。あたしだけ、サイバーフォースの研修を受けに家を離れていたの。その最中に衝突警報が発令された、ってわけ」
小惑星の発見が遅れたため、警報から衝突まで、三日足らずの猶予しかなかった。飛行機などの移動手段は行政に押さえられ、人々にできるのは、誘導に従い宇宙船、あるいは地下シェルターに避難することだけだった。
壊滅していく世界を見て無力さを感じながら、言われるままに避難する人々からは、希望が失われていった。シェルターに並べられた、カプセル状の冷凍睡眠装置を見たとき、それを棺のように感じた者は数多い。
「現実があっさり崩れて……まさか、こんなことになるなんてね」
天井を見上げ、遠い目をする。
絶望的な気分のまま、言われるままにカプセルに入り、横たわったとき、目の前に異世界が広がった。現実世界ではあの棺のような場所に横たわったままなのに、仮想現実は移ろいゆく。
そうしてときどき、欺かれているような気分になるのだ。そんな気分を落ち着けるため、ある者たちは、信仰や特定の思想にすがる。
「現実でも、仮想現実でも、人は自分の意識で感じる範囲しか受け取れないもの。目に見えるのが自分の世界……どこにいても、それは同じよ」
白い顔に、ほほ笑みが浮かぶ。
ルチルは、それがリルなりの心遣いだと知った。礼を言おうと口を開き、唇を『あ』の音の形にしたまま、足もとを見下ろす。
「わあっ!」
瞬間、文字通り彼女は跳び上がった。
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