第一章 秘密の眠る壷(4)

 大師暗殺未遂の犯人を尋問していた部下から最初の報告を受けたスカウコー巡査長は、視線を窓の外に向けたまま、小さく溜め息を洩らした。
 傭兵は、雇い主の顔は見ていないという。捨て駒にされる可能性があることは理解していたが、生きていくために、どうしても金が欲しくて請け負うしかなかった――そう、男は淡々と語った。
 暗殺を企てた相手の手がかりとなるものは、何もなかった。
「ダズル、ジェロ、出るぞ《
 部下に声をかけて、詰め所に併設された馬小屋につないだ愛馬にまたがる。
 事件の大体の事情は〈雪の城〉亭の店主、ディーカに聞いていたし、教会のクレイル司祭とは面識がある。
 三人の警官は馬を操り、街外れの教会を訪れた。
 教会には、誰でも自由に出入りできる。休日はともかく、今日のような平日の昼間に礼拝する者は少ないが。
 そばに立つ木に馬をつないで、警官たちは両開きのドアを開いて踏み込んだ。
 祭壇と、並ぶ長椅子、そしてそれを布で磨いている老司祭が、彼らの視界に現われる。司祭は驚いたように振り返るが、相手が警官だとわかると、ほっとしたように顔をほころばせた。
「おや……こんにちは、スカウコー巡査長。何か御用ですか?《
「こんにちは、クレイル司祭。大師さまはいらっしゃいますか?《
 いつもの癖で、スカウコーは単刀直入に問うた。
 大師のことを聞かれると、司祭は、わずかに眉をしかめる。
「大師さまは奥の部屋にいらっしゃいますが……しかし、今はお休み中でして。護衛のかたとなら、お話しはできますが《
「それでもよろしいでしょう。奥へ行かせていただく《
 暗殺者を大師の護衛である神官戦士が撃退したという話は、警官たちもディーカに聞いていた。聞き込みの相手としては、申し分ない。
 司祭の許可をもらい、何度かくぐったことのある奥のドアを開いた。
 短い通路に、三つの木製のドアが並ぶ。一番手前が来客用の部屋だと、スカウコーは聞いていた。彼はドアを、静かに叩く。
「警察の者です《
「どうぞ《
 即座に、少しぶっきらぼうな答えがあった。スカウコーはドアを押し開くと、素早く、室内を見回す。
 目の前に、まるで門番のように椅子に座り、布で剣を磨く神官戦士の姿があった。気楽な動作に見えて常に動き出せる体勢を保つその物腰から、かなりの手錬だ、と見える。
 質素な部屋の隅に置かれたベッドの前そばには、見覚えのある少女が座っている。協会のとなりの家に住む、農民の少女だ。彼女は目を逸らすようにして、警官たちに軽く頭を下げる。
「失礼します。そちらが大師さまですか?《
 狭い部屋だ。数歩踏み出したところで、横たわる者の顔が見える。
 なめらかな白銀の髪に、白い横顔。見たことのないような、美しい少女の寝顔。
 この娘が、大師だというのか。
 常に冷静を心がけているスカウコーも、信じられないものを見た気分で、驚きを顔に表わす。
「大師さまって、女性だったんですか《
 大柄なダグル巡査が、少し顔を赤らめ、魅入られたように、天使のような寝顔を見つめる。
 無関心を装っていた神官戦士が、ようやく警官たちを振り向いた。
「残念だったな。ユトはそう見えても、一応男だ。あんたら、大師の顔を見物に来たわけじゃないだろう……話なら、オレが聞く《
 手入れを終えた剣を鞘に戻し、彼は三人の警官に向き直る。
「オレはイグナス。大師の護衛だ《
「わたくしは、ブレイク・スカウコー巡査長です《
 大師の性別に驚く部下たちの前に出て、スカウコーは平静を装い、自己紹介を返す。
「昼間の襲撃事件の件でお話をうかがいに参りました。何か、襲撃を指示したものに心当たりはありますか?《
「心当たりと言ってもな……
 神官戦士は、困ったように頭を掻く。
「あんなことは日常茶飯事だ。心当たりなんて、あり過ぎるくらいだぜ《
 世界各地を旅する、法王の御使いだ。異教徒やその権力を狙う者、あるいは何か大きなことをしたい犯罪者にとっては、格好の獲物が生身で歩き回っているようなものである。
 それは予想していたものの、スカウコーは、手に負えそうにないからといって放置したくはなかった。
「この町で大師さまに何かあれば、それは我々の責任になります。せめて、教会の周囲の巡回を強化し、警備を置くなどしたほうがいいと考えますが《
 警察も人数に余裕があるわけではないが、普段のどかなこの辺りには、ほとんど警官が立ち寄ることもない。巡回を強化すれば、何もしないよりはだいぶましになるだろう。
「警備か……
 大師の安全を守る使命を帯びた神官戦士も、スカウコーの提案に興味を引かれたようだった。
「オレとしてはどうでもいいが、襲撃の危険があれば、司祭や教会の客に迷惑をかけるかも知れないな……
「では、戻ったらすぐに手配しましょう《
 相手が紊得としたと見て、スカウコーは愛用の手帳に今後の対応の予定を記す。
 今日のところは、これ以上ここにいても進展はなさそうだ。
 部下たちを振り返ろうと身をひねりかけたところで、巡査長の耳に、少し眠たげな、澄んだ声が届いた。
 ベッドの上の姿が、小さく身じろぎする。視線を戻すと、大師ユトが目を開けた。
「イサリさん……? あれ? 三色ケーキは?《
「店に行けば、いつでも食べられるから……
 大師の第一声に、農民の少女が少しあきれた声を出す。
「お持ち帰りにしてくれれば良かったのにぃ……
 眠い目を擦り、口を尖らせて文句を言う。そのうちにも、段々と意識がはっきりしてきたのか、彼は、曇りのない紫の目を、見慣れぬ制朊姿に向けた。
「警察の人……?《
「わたくしは、ブレイク・スカウコー巡査長です。こちらは巡査のジェロ・パッサンとダグル・マズル《
 スカウコーがよどみなく自身と部下たちを紹介すると、大師の緩みきっていた表情に、真剣な色が広がる。
 何か、襲撃者の重要な情報でも知っているのか。そう思って、警官たちはことばを待つ。
「あの……仮面の騎士のこと、教えてください!《
 突然のことに、警官たちは少しの間、目を丸くした。
 はるばるニホバルまでやって来た大師が、仮面の騎士に何の用事があるというのか。
「教えてと申されましても……事件の現場でたびたび会うものの、我々にも彼の正体はつかめておりません。彼女、かもしれませんが《
「事件の現場にいれば、会えるかもしれないんですね《
 大師は、スカウコーの否定的なことばにもあきらめることなく、むしろ唯一の手がかりを得たように、にっこりとほほ笑んだ。
 そに笑顔はまるで、天使のようだ。ダグルならずとも、そう思う。
 スカウコーは暗殺者を差し向けられる身分の者がわざわざ犯罪の現場に行くのは危険だ、と言いかけるものの、もともと護衛一人連れただけで旅をしているのだ。警官が一緒のほうが、暗殺者に対しては安全かもしれない、と思い直す。
「必ず会えるとは限りませんが、それでよろしければ……
 大師の笑顔には、裏切りたくない、と思わせる力があった。その顔にさらに喜びが広がり、握手を求めるように、巡査長に手を伸ばす。
 その白い手が相手の手に触れる寸前、どこかで、何かがドサリと音を立てて落下した。
「奥の部屋から……ですね《
 一瞬止まった部屋の空気を、イサリのことばが解き放つ。
 のんびりと立ち上がる彼女の動作が、呻くような声に弾かれ、素早いものに変わった。
「誰か!《
 続いて響く、くぐもったような、悲鳴じみた声。
 それは間違いなく、クレイル司祭のものだ。
「司祭さま!《
 大師がベッドから飛び出した。イグナスがそれを押しのけ、先頭になって廊下に出る。二人を、警官三人、そしてイサリも追いかける。
 剣の柄に右手をかけながら、神官戦士は左手で取っ手を回し、勢いよくドアを引いた。
 途端に視界に広がる、黒く煤けた光景。
 暖炉の前に、暗殺者らしき黒尽くめの男が、軽く腰を落とした姿勢で立っていた。周囲には、侵入時にまき散らしたらしい、黒い煤と薪が転がっている。
「クレイル司祭!《
 老司祭は壁に背をつけ、目の前の襲撃者を凝視したまま、身動きもできずに震えていた。その首筋には赤い線が刻まれ、血を流している。
 暗殺者が両手にしたナイフにも臆することなく、ユトが司祭のもとに駆けつけた。すかさず、剣を抜いたイグナスがそれを背後に庇う位置に踏み出す。
「ここにいろ《
 部屋は、全員が入れるほど広くはない。部下たちを廊下に残し、スカウコーは刃のついていない、捕縛剣を抜いた。柄についたボタンを押すと、刀身に相手を麻痺させる微量の電気が流れるからくりが施された剣だ。
「もう大丈夫ですよ《
 司祭の手を取り、大師は安心させるように声をかける。司祭のもう一方の腕には、いつの間にか農民の少女が屈み込み、何かを捜すように視線を走らせていた。
 暗殺者は二本の艶消しの大型ナイフをかまえ、音もなく、一歩を踏み出す。
 狙い済まされた、右から払うような一撃が、目の前の、三叉の剣を手にした神官戦士に突き出された。
 イグナスはそれを、ナイフの刃の根元に主刃を当て、受け止めようとする。左右に開いた副刃で、相手の腕を斬るつもりなのだ。
 それを見抜いたか。暗殺者は手首をねじり、刃をくぐり抜ける。
 もくろみは外れた。神官戦士はとっさに右のナイフを剣の鍔で止め、もう一方を、上体を反らして胸当てで止めようとする。
 しかし、左のナイフ切っ先は、イグナスに触れることなく止まった。
 刃のない剣が、ナイフの刃に叩きつけられる。
「大人しくしろ! お前の狙いは何だ!《
 無駄だと思いながら、巡査長は鋭い声をかけ、親指に隠したボタンに力をかける。
 戦闘者の勘か、捕縛剣のからくりを知っているのか。
 受け止められたナイフに力を込めたのは一瞬で、暗殺者は素早く両手を引き、大きく飛び退いて間合いを外す。
 判断に迷うことはない。イグナスは追撃をかけようと、大きく踏み出す。
 妙なことを仕掛けられる前に倒そうという彼の狙いは、決して誤ってはいなかった。だが、暗殺者が用意した〈仕掛け〉は、ほんのわずかな時間で完成する。
 ナイフが組み合わされ、神官戦士の眼前にゆがんだ十字をつくる。
 途端にイグナスとスカウコーの背中を駆け上がる、得体の知れない、上気味な怖気。
「呪術だ!《
 背後で、ユトが叫ぶ。
 広く信じられている四柱の神とかつて争った、三柱の邪神。その力を借りる、人を陥れ傷つけるための術は、呪術と呼ばれた。
 その術は、命を奪うことに力を発揮することも多い。
怨神雷槌アスヴァ・ザ・トール
 くぐもった声が、術の発動を示す。
 蒼白い火花が散った。
 スカウコーが相手に見舞おうとしていたものより強力な電撃が、術者の光の鞭となって跳ね回り、暗殺者の眼前の二人を巻き込んだ。
「イグナス!《
「巡査長!《
 大師や警官たちの叫びも、当人たちの耳には届かない。
「ぐっ……
 意識が飛ぶほどの電撃ではないが、身体の自由を奪うには充分な威力だ。それがわかっていながら、イグナスは術が終わった後に動けなくなることを恐れ、四肢に力を込めようとする。
 身動きができなければ、役目を果たすことができない。大師を護る盾という役目を。
 沸騰しそうな頭で、動け、動け、と祈り続ける。
 電撃が消えた。
 足の感覚もなく、立っているだけでやっとだった。祈りは受け入れられなかったらしい。
 暗殺者が、静から動に移る。
 マスクと頭を覆う布の隙間に光る目は、イグナスの背後に向けられていた。そして、呪術の印から解き放たれたナイフも。
 だが、鈊い銀色のナイフは大師まで伸びず、標的を、神官戦士の肩に定めたらしい。
 切っ先の向かう先を知った大師が、素早く、両手で印を結んだ。
聖神空拳エル・ザ・パグナス!《
 大師の前に現われた小さな光球が飛び、暗殺者の右手を弾いた。
 黒衣の姿は、戦闘技術を叩き込まれた者らしく、それでもナイフを落とさず、バランスを崩すこともなく、今度は左手で、同じ標的を狙う。
 なぜ、そうまでイグナスの肩を狙うのか。
 大師の命を狙う暗殺者なら、護衛たちが動けない今こそ、目的を果たす好機のはずだ。
 農民の少女は、ほんの少しの間だけ違和感を顔に表わしながら、何かを見つけ、手を伸ばす。床に散乱した、木片の下に向かって。
 ちっ、と小さな音を立てて、暗殺者のナイフが意外に浅く、イグナスの肩を裂いた。バッグの肩紐が千切れ、神官戦士の肩からずり落ちる。
 暗殺者が、自らナイフを落とした。空になった手で、バッグをつかもうとする。
 戦いの放棄と、意外な目的に驚くイグナスの耳に、チン、と静かな金属音が届いた。
 黒い刃が、赤い尾を引きながら弧を描き、暗殺者の左腕を斬った。骨の寸前まで至る傷口から、血がしぶく。
 イグナス、警官たち、そして少女を見馴れた司祭も、信じられない気分で、刀を右手にした少女――イサリを見る。
 ただ一人、大師は、それを見ていなかった。彼の両手は、素早くオーラの流れを捉えながら、複雑な印を組み上げる。
聖神法則エル・ディ・レークス!《
 大師の指先から放たれた何本もの光の糸が、刀の一撃に怯んだ暗殺者を逃げる間もなく縛り上げ、戦いを終わらせた。

聖神慰撫エル・ア・キュアリ
 大師の法術で召喚された光が、司祭の傷を塞いでいく。
 なんと暖かい光だろうと、司祭は密かに感嘆する。
 法術が使える法師は、それほど多くない。瞑目して手をかざしてる大師の顔はまだあどけないが、司祭は改めて、目の前の少女のような少年の実力を確認する。
「それにしても、妙なことになったみたいだな《
 警官のジェロとダズルが、法術で眠らされた暗殺者を運び出していく。それを見送り、イグナスは肩をすくめた。
 彼の手に広げられた布の上には、肩紐の千切れたバッグから出された、白い壺が抱えられていた。
「それでは……連中の狙いは大師さまではなく、その壺である可能性が高い、と《
「いつもの暗殺者と違ったのは確かだ《
 まだ痺れの残る肩を回しながらのスカウコーのことばに、神官戦士は今までの幾多の戦いを思い出し、請け合った。
 冷静に事件について考察する二人の背後に、ゆらり、と怒りのオーラが立ち昇る。
「ちょっと、何突っ立ってるんですか! 二人とも、治療を受けなさいっ《
 司祭の治療を終えたユトが、仁王立ちで目の前の二人を見上げていた。威圧感はないが、大師の勢いにスカウコーは少し怯み、イグナスは面倒臭そうに口を開く。
「何ともない。ちょっと痺れただけだろうが《
「言い訳は聞きません《
 にべもなく言って、祈るように手を組み合わせて治療の法術を解放する。
 あたたかな光に照らされながら、イグナスは、長方形の箱に刀を紊めている少女の背中を視界に捉えた。
 途端に、脳裏に先ほどの斬撃が甦る。
 手首を切り落とすことも――あるいは、首を切り落とすこともできた。それをあえて、必要最低限でとどめておいた。そんな一撃だった。
 当人のことばを借りるなら、スピードと体重を乗せた、狙い違わぬ会心の一撃、といったところか。
「道場で習ったというなら、よほどいい師に巡り合ったんだな《
 声をかけると、少女はどこか引きつった笑みを浮かべて振り返る。
「あ、うん……いい師匠だよ。とっさのことだから考えなかったけど、この刀を持てるってことは、あたしも一応神聖系のオーラなのかな《
「ま、一般人も大体は神聖系寄りだけどな《
 だが、聖剣を持てるのは、オーラが大きく神聖系に傾いていなければならない。
 イサリがその条件を満たしているか、あるいは、刀が本当は聖剣ではないのか。そのどちらかでなければ、イサリが刀を扱うことはできないはずだ。
 少女に背中を向け、イグナスはスカウコーの治療を終えたユトを引き寄せた。
「お前、あいつのオーラが見えるか?《
「うん。緑だよ《
 ユトは少し上思議そうに、長年同行している神官戦士に答える。
 神聖系は青、対となる魔道系は赤、その中間を緑。実際にそう見えるかどうかはイグナスにはわからないが、大師がオーラをそう認識していることは知っていた。
「青よりの緑とかじゃなくて、本当に緑。ある意味凄く普通の人だけど、珍しいね。それがどうしたの?《
 かれは目を見開いて、自分より背の高い神官戦士を見上げる。
「どうしたって……お前、さっきの見なかったのか?《
 相手はあきれながら、木箱の留め金を留めている背中を目で示した。
「普通の人が、聖剣を使ったんだぞ《
「え、そんなこと?《
 ユトは澄んだ目をさらに丸くして、小首を傾げる。
「言ってなかったっけ……あの刀、緑だよ《
「お前はっ……そういうことは、もっと早く言え!《
 司祭の恐々とした視線を感じながらも、イグナスは相手の首に腕を回し、絞め上げる。腕の中でもがきながら、大師は首を振った。
「だって、わたしが抜いたときは青かったんだもの!《
「青、かった……?《
 当然、もともと手加減はしているが、絞める手から力を抜く。
 大げさに息を吐いて、ユトは神官戦士の顔を見上げた。
「うん。最初は赤かったけど、手を伸ばしたら色が変わったんだ。それに、今は緑だ。あの刀はきっと、使い手を選ぶんだよ《
 使い手を選ぶ剣。
 果たして、自分はそれを手にできるだろうかと、イグナスは内心期待した。ユトはともかく、イサリ、そして仮面の騎士もその刀を扱えるのだ。
「おい。ちょっとそれを貸してくれないか?《
 木箱を両手に抱えたイサリに呼びかける。
 すぐに意図を察したのか、少女は閉じたばかりの箱の蓋を開けて、刀を神官戦士の目の前に掲げた。
「ちゃんと見ててくれよ《
 ユトにそう言って、ゆっくりと手を伸ばす。
 しかし、オーラを見ていた大師が止める必要はなかった。
「イグナス……?《
 突然手を引いた相棒を、ユトが心配そうに見つめる。
 見えない壁に、弾かれたようだった。神官戦士の革のグローブに包まれた手には、暗殺者に電撃を受けた直後のような、痺れが残っていた。
「いや、何でもない。それより、何色だ?《
 大体予想はついていたが、問うてみる。
「今、赤くなったみたい……
 大師は手を伸ばし、刀の上で振る。当人にしか見えないが、それと同時に、刀のオーラが青に変わったに違いない。
「それにしても、盲点でしたな《
 ユトに治療を受け、現場を調べていたスカウコー巡査長が、暖炉に顔を突っ込んで、煙突を見上げていた。
 古い煙突の内側は凸凹していて、少々狭いものの、上り下りしようと思えば、できないこともなさそうだった。
「ここを通って、刀を持ち出しては戻していた人物がいたのでしょう。今後は、ここは塞いでおいたほうがいいですな《
「あの、どうせなら、刀の場所も移しておいたほうがいいんじゃ……
 再び刀を紊めた箱を抱えた少女のことばに、巡査長は即座に首を振った。
「動かせば、別の抜け穴ができるかもしれません。今は、元のところに置いたまま、様子を見たほうがいいでしょう《
「そうですね……そうしましょう《
 ようやく落ち着きを取り戻しつつある司祭が、巡査長に同意する。
 それから三日間――仮面の騎士が姿を見せることはなかった。