「いい天気」
空を見上げ、ポニーテールの少女が肩をすくめる。
授業がすべて終わると、部活に入っていない神代家の二人の少女はいつも通り真っ直ぐ家路につこうとする。だが、玄関に立ったときには、しとしとと雨が降り始めていた。
すぐに止みそうな弱い雨で、強くなるとしてもまだ急いで帰ればびしょ濡れになるほどではなさそうだ。それでも、濡れないに越したことはない。
「教室に、予備の折り畳み傘置いてたかも……桐紗ちゃん、ここで待ってて」
「うん」
そんな会話のあと、教室に引き返す美佐子が桐紗から離れていく。
残された桐紗の目が何かに迷うように、下駄箱と美佐子が消えていった階段の間を、何度か行き交った。
しかし、その視線は廊下の奥で留まる。
「へえ、サッカー部はこんな天気でも練習するんだ」
やって来た一団の中に馴染みの顔を見つけて声をかけると、相手はスポーツバッグを脇に置いて靴を履き替えながらうなずく。
「まあ、大会も近いからな。先輩たちも気合入ってるし」
ぞろぞろと靴を履き替える一団には、大間颯太の姿もある。だが、それより桐紗は女子の姿が多いことに驚いた。
「マネージャーにしては、数が多いね」
「いや、あの子たちは見学のコ。大抵は大間先輩のファンだけど、オレも可愛い子たちにアピールしないとな」
と、竜樹は勢い良く立ち上がる。
その前で、桐紗は喜んで雨の中に飛び出して行く少女たちに白けた目を向けていた。
「へえ、あーゆーのがいいんだ」
「おかしいか?」
「あたしはもっと、恥じらいのあるコが好きだな」
悪戯っぽく口もとを吊り上げ、
「美佐子ちゃんとか」
さらっと言うのに、竜樹は少し動揺したらしい。取り繕うように目を細め、少女の顔を眺める。
「お前、その発言、ちょっとアブナイだろ」
「愛に性別は関係ないでしょ。あたしがもらっちゃおっかなー」
さらにからかうようなことばが続くが、サッカー部の先輩から竜樹への『おい、行くぞ』という一言が、不毛なやりとりを終わらせた。竜樹はなぜか表情に敗北感をにじませながら出て行く。
サッカー部の一団が去って間もなく、折り畳み傘を手にした美佐子が戻る。
校門を出てしばらく歩いてもまだ、雨は降り続いていた。白地に水玉模様の傘の下で桐紗が、暗い空を見上げて息を吐く。
「相変わらずだねえ」
「天気予報じゃ夕方には止むらしいから、もうすぐ止むわよ」
美佐子は雨はそれほど嫌いではなかった。母が使っていた傘がさせる、少ない機会だからだ。
「まあ、雨の中の傀儡狩りは凄いことになるから、確かに、夜晴れるだけマシだけどさ」
「大変よね……雪が降ってたりしても、休めないんでしょ?」
「休むと、翌朝のニュースで事件が起きてる可能性が高くなるんだよね。いやまあ、たまに、傀儡狩っててもニュースになったりするけど……傀儡による被害が出るかどうかが問題だし。それでも、どうしようもないときは休むけどさ……」
話しているうちに、桐紗の声の調子が変わる。何か、気がかりなことを思い出したような、少し暗い声色。
不思議に思っても、美佐子は自分から尋ねることはしない。ただ、相手が話したいときに話すのを待つ。
そのときは、すぐに訪れた。
「美佐子ちゃん、あたし、明日、どうしても外せない用事があって……学校休むわ。今夜出かけて、明後日の朝には家に戻るから」
突然のことに、美佐子は驚いた。用事があるにしても、昼間の話だろうと思っていたのだ。
「それって……何か、危険な用事?」
傀儡狩りが丸一日続くとは思えない。それに、傀儡に関わることなら静見も動くはずだ。傀儡狩りではない危険なことがあるのではないかと、彼女は疑った。
しかし、水溜りを跳び越えながら桐紗は首を振る。
「いやいや、全然危険なことなんてないよ」
「本当に? 今夜は一体、どこに泊まるの? まさか、前に言ってたようなホテルじゃないでしょうね?」
傀儡狩りとは関わりのないことだとわかると、美佐子は次々と問いかける。
「あ、あたしにも、色々あってさ……ほら、数馬って忙しいから、妙な時間じゃないと会えなかったりして」
「何も桐紗ちゃんが行かなくても、いつでも家に来てもらっていいのよ? 若い女の子が出歩くよりずっと安全よ。ほら、それにこの辺を調査してる怪しい人がいるとか言ってたじゃない」
桐紗はもう、親友であると同時に家族同然。美佐子は、守れるものならできる限り桐紗を守りたかった。
「若い女の子、って言ってもさ……」
――唐突に、桐紗の顔から、表情が消える。
まるで、別人にすら思えるその顔を目にして、美佐子は衝撃を受けた。
心の隅に生まれたそれは、恐怖とすら呼べる感情。
その顔を、何かに似ている、と思う。初めて桐紗と出会った日に見た、感情の抜け落ちた顔に。
「あたしは、美佐子ちゃんとは違う。あたしは……バケモノなんだよ」
――バケモノ。
それは、初めて傀儡を目にしたときに頭に浮かんだことばだ。
そう、無表情な桐紗の顔は彼女の敵である傀儡に似ていた。
――だから、何だというの?
衝撃は、間もなく美佐子の上から過ぎ去った。
傀儡狩りとひとつ屋根の下に暮らしているのだと実感したときから、覚悟は決めていた。異質な世界を垣間見ることには慣れている。桐紗や静見が違う世界にいることもとうにわかっていたはずだ。
「バケモノじゃない!」
雨音にも負けないよう、声を張り上げる。
ふたたびデジャ・ヴを覚えながら。
幼い頃、妙な影を見てそれを口に出せば『嘘つき』と言われ、少し先のことを予知して口にしては、『バケモノ』と罵られた。わたしはバケモノじゃない――そう言って泣いたことも、一度や二度ではない。
もうほとんど思い出すこともなかったような、遠い日の自分の泣き声を頭の中で聞きながら両手を伸ばして相手の手を取る。
桐紗は驚き、半ば茫然としている。顔に表情が戻った彼女がまとう雰囲気は、いつもの快活な少女だ。
「普通と違うなんて、普通のことじゃない。わたしだって、ほかのみんなと違うもの。ほかのみんなだって、全然他人と違うところがあるの」
「でもさ、みんなは……」
「桐紗ちゃんがどんな存在でも、わたしとは親友だし、家族だと思う。みんなと同じ、クラスメイトだしいい人だし、信頼できる人だと思う」
真っ直ぐ相手の目を見つめる美佐子の目には、有無を言わせぬ迫力があった。その目に、自分の心を信じ、相手を信じきっている者が宿す光があった。
逃れられない。
覚悟を決めたように、桐紗はほほ笑む。
「……何を見ても驚かないでね」
言って、傘を拾う。美佐子はそれを見て、ようやく自分が傘を手放していたことに気がついた。
「風邪ひいちゃうよ」
「帰ったら着替えなきゃ」
歩いている間も、びしょ濡れというほどではなくても服の濡れた部分が肌に張り付き、気持ちが悪い。
それでも、美佐子はむしろ晴れ晴れとした気分で家の玄関をくぐった。
道場には見覚えのある姿が十人ほどいて、いつも通り威勢の良い挨拶をかけてくる。しかし皆道着姿ではなく、私服で掃除に精を出していた。新人を迎えるための準備らしい。
挨拶を返して縁側廊下を歩き出すと、少女たちは前方に見慣れた姿を見つける。
「あれ、静見さん……?」
「二人とも、お帰りなさい」
声を聞きつけた家政婦が居間から顔を出す。
「ただいま、光江さん」
「静見ちゃんねえ、こっちにいたほうが気分がいいって言うからねえ」
「……部屋にいるよりはマシだ」
眠ってはいないらしく、毛布に包まった浴衣姿が転がって身体の向きを変える。
逃げるような素振りに頓着せず、桐紗がそのそばまで来たついでに顔をのぞき込んだ。
「ふーん、昨日よりは顔色は良くなってるみたいだけどねえ」
桐紗のことば通りなら昨日ほど――正確には今朝ほどではないらしいが、静見のもともと血の気の薄い顔の色がますます白に近くなっている。
しかし、美佐子は顔色より別のことに目を引かれた。
袖口や髪の間からのぞく、その顔色より白いもの。隠すように毛布を引き額を押さえているが、そばに寄るとわずかに見える。
その痛々しさが、戦いの危うさ――彼らが命がけで戦っていることを改めて、美佐子に実感させた。
――やっぱり、わたしの知ってる日常とは違う世界に踏み込んだ人たちなんだ。傀儡狩りは。
だからといって、それが嫌なことだとは思わない。ましてや、バケモノなどと。
「……余り大きな声を出すな。頭に響く」
静見はこめかみの辺りに手をやって、わずかに顔をしかめた。
「この頭痛さえ引けば、どうとでもなろうよ。夜までには治っておる」
「ならいいけどさー。治ったと思ったら今度は風邪ひかないでね」
雨の降りしきる中庭に面した縁側は少々寒い。居間の戸も閉められている。
「わかっておる」
中庭のほうを向いたまま、静見は毛布に包まりなおす。
幸い、雨は桜を散らすほど激しくは降っていない。そのことにほっとしているうちに、美佐子は急に寒気を感じる。
やっと制服がまだ濡れたままだと気がつくと、彼女は急いで二階の自室に向かって駆けて行った。
ふたたび、夜闇にそこを住処とする者たちが蠢く。
もはや満月まであと少しという姿の蒼白い月が、標的の気配を探る二人の傀儡狩りを屋根の上に照らし出す。
「ほんと、嘘みたいに晴れたねえ」
空を見上げ、桐紗は独り言を口にする。
その後ろで、静見が小さく咳き込んだ。
「静見ちゃん……?」
心配ではなく、あきれの表情で振り返る。
――言わんこっちゃない。
その思いを雄弁に語る視線に、静見もさすがに気がついたらしい。浴衣の上に羽織を着た青年は、ぶんぶんと首を振る。
「これはおそらく、誰かが儂の噂話をしておるのだ」
「ほんとかなー」
疑いの目を向けながら、白いコートの襟を立てる。晴れたとはいえ、雨に冷やされた大地の上に吹く風は寒い。
「しっかりしてよ、あたし、明日いないんだから」
目をそらし、月を見上げる。
「……どこかに行くのか?」
余り感情の動かない静見の声にも、わずかに驚きの色が混じる。
「まあ、そんなとこ」
少女は相手と目を合わさないようにしながら、素っ気なく答える。目を合わせるとすべて見抜かれてしまいそうだという理由もあるが、何となく、表情を見られるのも見るのも嫌だった。
静見は深く追究しない。それに、追究する間もなく異変が起きた。
「まずは小さいお客さんか」
向こうもこちらの気配に気がついたのか、こちらから近づくまでもなく相手から迫ってくる。
「少ないね」
感覚の網にかかったのは、三体。いつもの傀儡の気配だった。
家々の屋根を跳び越えてくる、白い姿。その腕は、いつもの通りの痩せた人間に近い形で、刃にはなっていない。
「いつものじゃん」
倉木デパートや昨日の夜に出会ったものとは違う、見慣れた姿形だ。
だから、桐紗は跳びかかると同時に、いつものように薙刀を頭上から振り下ろした。
しかし、いつものように振り抜くことはできない。
「ったあぁぁっ!」
手首に走る衝撃に思わず得物を手放しそうになりながら、慌てて大きく身を引く。
だが、予想していた攻撃はなかった。振り上げられた傀儡の腕は、想像以上にゆっくりと宙を切る。
「トロい」
手首を撫でながら、そう言い切る余裕すらある。
「でも、攻撃が通じないならどうしようもないねえ」
「儂の念糸も効かぬが……」
少女の後ろで、静見が手を動かす。
一本の細い糸が月光にきらめいた。それは、静見の指先から傀儡の胴へと続いている。
「白焔」
傀儡から白い蒸気が噴き出し、その身体がより白く染まる。内部まで凍りついたのか、傀儡は動きを止めた。
「紅蓮」
次に噴き出したのは、赤い炎。内部から爆発が起き、傀儡は凍りついたまま砕け散って蒸気と化す。
「静見ちゃんは器用だねー」
頬を撫でる熱風に顔をしかめながら、桐紗は感歎した。
ともかく、これで静見の攻撃が通用することは確認できた。とはいえ、桐紗もただ見ているだけではいられない。
「基礎符術は苦手だけど、あたしだって……ぶった切るだけが能じゃないよ」
コートのポケットから取り出したのは、道端に転がる石ころだ。
それを素早く投げつける。石は熱を発して赤く染まり、傀儡の胴の表面を細長くえぐった。
その溝が再生する前に、それに沿って短刀を振り抜く。
「中は、そんなに硬くないみたいだね。それにしても、何だか……改造実験にでも、つき合わされている気分」
両断された傀儡が消滅する。
残るは、一体。
静見に先を越されまいと桐紗が目を向けたときにはすでに、三体目の傀儡は民家の屋根の上へと跳んでいた。
――逃げるのか。
そう思うなり、大きな邪気を感じる。昨日も目の前にした、高速移動する大きな傀儡の気配を。
「あ」
屋根の上に、向こう側から這い上がってくる姿が見えた。そこに、姿は普通の傀儡と変わらぬものが近づく。
危機感を覚えたのか、静見が右手を振った。
引っ張られたように、わずかに腕を念糸に引っ掛けられた傀儡の動きが止まる。
だが、それでも二体の傀儡の接触は止められなかった。
巨大な傀儡の、何本もの腕がもう一方の傀儡の身体を引っ張り、胴に大きな口を開けた。口の奥には、黒々と闇だけがわだかまっている。
それが頭から小さな傀儡を飲み込み、咀嚼する。バリバリ、ぐしゃぐしゃと胸の悪くなるような音を立てて同化していくさまは、非現実的でありながら生々しかった。
「ぐえ……気持ち悪ぅ」
ことばの上ではそう呻くものの、桐紗は動きを止めることなく屋根の上に跳び乗って薙刀を突き出す。力を込めた一撃ではなく、確かめるためのものだ。
まだ傀儡は同化しきっていないが、その能力はすでに取り込んでいるらしい。少女は手に伝わる固さに顔をしかめる。
通じたところで、やはり薙刀では有効な攻撃とはならない。少し悔しさを感じながら、桐紗は静見を振り返る。
「わかっておる……もう少しひきつけておけ」
静見の周囲に、蜘蛛の巣のように幾重にも念糸が張り巡らされていく。いつも以上に霊力を注ぎ込んだ糸が壁を編み上げる。
桐紗は傀儡の攻撃をよけ薙刀で受け流しながら、屋根から屋根へと跳んだ。幸い、屋根の上では高速の脚もあまり役に立たないらしい。
忙しく屋根の上を行ったり来たりしている間にも、彼女は地上の気配を感じていた。静見が創りあげた結界の中から大きく飛び退くと、少女は変わってその中に降りる。
「ほら、こっちだよ!」
挑発されるまでもなく、傀儡は少女を追った。
四方を半透明な壁に囲まれたその中へ巨体が落下してくると、桐紗は角から跳び出し、脱出する。
間をおかず、静見が天井にあたる壁を創りだす。
傀儡は飛び上がろうとして半透明な天井に激突した。結界にはひびひとつ入らないが、捕えられたと認識したらしい内部のものが暴れ出すと、大地を震わすような衝突音とともに、ピキ、ピシッ、と不安を煽る音を立てる。
時間をかけてはいられない。素早く静見の両手が印を結ぶ。
「紫焔嘗」
結界の中央に向かって、壁と天井から赤紫色の炎が噴きつけた。結界内で暴れ回っていた傀儡は腕と脚を折り曲げ、身を縮めてうずくまる。
その白い身体は見る間に小さくなり、やがて、炎に隠れて見えなくなる。
「高位方術の儀式の一種だったっけ……ほんと器用だねえ」
腕を組んで高見の見物を決め込んでいた桐紗が、感心したようにつぶやく。
完全に傀儡の姿が見えなくなると、静見は印を解く。
「これで、今夜の……」
もう一人の傀儡狩りを見ていた桐紗が言いかけて、口をつぐむ。
眠そうに見下ろした静見の目が、さらに細められる。そこにのぞくのは、いつもの怠惰で眠たげなものではなく鋭い光を持った瞳。
その目が向けられた先を追い、少女も見下ろす。
結界が解かれたその下のアスファルトに、大きな亀裂が走っていた。亀裂の中央には、ピンボール大の小さな穴が空いている。
ネズミも容易に通れぬほどの穴に過ぎないが、妖なるものに物理的な大きさなど大した意味を成さない。
「やったんじゃなかったの?」
少女が降ろしていた薙刀をかまえ、周囲を見回す。
ボコリ、と奇妙な音がした。
即座に目をやると、離れた場所に空いた穴からすでに白く大きな姿がせり出している。大きな、とはいうものの、だいぶ小さくはなっていた。
ゼリー状のようになって完全に穴を出たものが、確かな輪郭を形作る。巨体の半分以上がえぐられ、断面はドロドロになって糸を引いていた。それでもまた再生が始まっているのか、断面が奇妙に蠢く。
「ぐえ」
桐紗は気持ち悪そうに呻きながら駆け出し、静見は念糸を放つ。
だが、身体が小さく手足も少なくなったというのに傀儡の速さは失われてはいなかった。逆に、小回りが利くようにすらなっている。
追撃を予想してか道路を左右に揺れながら、その姿が遠ざかる。
桐紗が腹立ち紛れに高熱の石を放り投げるが、それは傀儡の融けかけた腕を一本消滅させただけだった。
追いかけるのには、気がつくのが遅過ぎた。追跡を中断すると、肩をすくめて引き返す。
つい今までの冴え冴えとした雰囲気はどこへやら。追跡を切り上げて少女が近づいて来たとき、静見は眠たげにあくびをかみ殺して口を開いた。
「桐紗、道路の修繕」
言われた方は、思わず転びそうになる。
「あんたの術でだってできるでしょーが」
「儂の場合、素材から新しく創るために周囲のものと差異ができる可能性がある」
「そんなもん、誰も気にしやしないって。それに、ほかに何か言うことはないのー? あれを取り逃がした件についてとか?」
これについては、当人も少しは気にしているのか。青年は、わずかに目をそらし、星空を見上げる。
「きゃつの攻撃に耐えうる強度の結界で完全に六方を覆うとなると、もう少し時間がかかる。いつもこの周辺に現われてくれれば罠も張れようが、準備不足だ」
「ヤマを張るしかないんじゃないの?」
言いながら、少女はアスファルトに走るひびを踏みつけた。方々に散らばった欠片を含めてつい先ほどまでの記憶を引き出し、『元の姿』を取り戻させる。
「それにしても、厄介なものだね……静見ちゃんも気づいてんでしょ」
振り返った先にある目は、何の思惑も映さない。
それでも桐紗は肯定として受け取ることにする。
「あんなもの、自然発生するはずない。つまり、今回の件……」
「術師か」
ぽつりと静見が口にすると、桐紗は視線を外し空を見上げる。
「一体どこの誰がやってるのかは知らないけど……まあ、対処するとしたら明後日だね。静見ちゃん一人で片付けられるならそれが一番楽なんだけど」
傀儡が短時間に進化を繰り返したり、あの巨大な傀儡の集合体が自然発生するなどありえない。術師がそれらを引き起こしたとするのが自然だった。
桐紗は今は戦力が少しでも多い方が良いと知りながら、どうしても明日はいなくならずにはいられない。
戦いの痕跡を消し終えると、彼女は家へと歩き出す。
彼女が明日、どこに行くのか。
静見は何も尋ねず、距離を置いて少女のあとを追う。
二人の傀儡狩りの行く手を、間もなく満月を迎える月の明りだけが照らしていた。