NO.6 0視界の攻防 - PART II

 街は、常に夜のように暗かった。見上げると、並んだ照明の5割くらいは機能していない様子である。
 しかし、たった数百人でも、人がいれば商売があり、活気も生まれる。一応、植物も室内栽培されているようだ。動物を飼育している部屋もある。
 キイは辺りを見回しながら、紙切れに書いてある場所を目差していた。
 学校の教室のような部屋から子どもたちが走り出て、目の前を過ぎていく。キイはそこで足を止めた。
 教室には、1人の白衣姿の青年が残り、黒板の文字を消している。今、授業が終わったところらしい。
 ふと、その青年と目が合った。
「何か用か? 見ない顔だな」
 キイとそう歳の離れていなそうな、若い男だ。学者らしくないと言えるほど、体格がいい。
「その格好……ファリックの言っていた、キイ・マスターか」
「その通りです。あなたもこの計画に?」
「一応参加しているがね」
 バッグを片手にキイに歩み寄りながら、胡散臭げな視線を向ける。
「メインコンピュータの起動を人工知能にやらせるのは気に入らない。いや、メインコンピュータ自体、起動させたくはないんだ」
「とんだフランケンシュタイン・コンプレックスですね」
「もともと研究所で事故が発生したのもメインコンピュータのプログラムの暴走のためだ。ここがこうなったのもそれが原因さ」
 涼しい顔で言うキイに、青年は肩をすくめた。
 2人は並んで、狭い通りを歩く。行き先は一緒なのだ。
「人為的ミスだと思いますね。プログラミングしたのは誰です? あるいは、それを用意したのは」
 悪いのはプログラムを組んだ人物か、粗悪品をつかまされたものだ――その意味に受け取って反論しようとして、青年はようやくキイのことばの真意に気がついた。
「どこまでがクリズリー商会の思うがままかわかりませんが、これからはそうはいきませんよ」
 キイは、楽しげに笑った。
「私たちが来ましたからね」

「断絶している箇所はわかっているの。こちらには、スコットに行ってもらうわ」
 黒板に簡単な地図を書き、棒で示しながら、ファリックは説明した。
 そこは、寺院の内部のような一室である。20人ほどが狭そうにしながら座り込み、話を聞いている。
「宿からキイがいなくなったことはすぐにバレるでしょう。商会が動き出すのも時間の問題よ。もう動いているかもしれない。だから、早くしなければ」
『私はここで襲撃を警戒していれば良いのですね?』
 スピーカーから、ゼクロスの声が響いた。慣れない者は一瞬驚くが、その美しい声に文句を唱える者はいない。あの白衣の青年――ベイルーク・ホルンも、黙って聞いている。
「ゼクロスには、スコットの手伝いも頼むわ。キイは、ここから少し離れたところにある屋敷に来てほしいの」
 その屋敷はもともと商会から派遣された幹部が住んでいたもので、家主は研究所の事故直後にさっさと逃げ出してしまったのだと言う。しかし屋敷内には自家発電など役に立つシステムがあり、その発電で飛行場の電力の多くをまかなっている。
「連中が狙うとしたらまずあそこね。キイ、あなたの体術を見込んで頼みたいの。武器は支給するわ。たいしたものはないけれど……
「何も気にすることはないさ。自分の武器は持っているしね」
 気楽にいいながら、キイは右手を上げた。そこにはいつの間にか、小さなレーザーガンが現われている。
「私は自分の都合であなたたちに協力する。指示に従うから、好きに使ってかまわない」
 その手から、一瞬にしてレーザーガンが消えた。
 人々はそれを茫然と見ていた。
 やがて、それぞれの役目が割り当てられ、作戦会議が終了すると、スコットは早々にシャトルに乗り込み、ミストストームの中に旅立った。ゼクロスはそちらと同時に、屋敷に向かうファリックやキイたち8名のモニタリングを続けた。
 キイたちが零視界の中に消えて間もなく、ゼクロスは注意を向けていた第3の方向から、ある情報を受け取る。
 彼はそれを、キイたちとスコットと飛行場に残ったものたちに、同時に伝えた。
『3機の宇宙戦艦の接近を感知しました。威嚇射撃しますか?』
 戦闘のファリックが足を止める。姿は見えないが、残りの者たちの気配のほうを振り返った。
「いいえ。まだ知られるのは早いわ……もう見抜かれているでしょうけど。先に攻撃すると、それで海賊に祭り上げられてしまうかもしれない」
『そうですね。了解しました』 
 白一色の中に、ゼクロスの声がややくぐもったように響いた。
 ファリックも他の者も、ゴーグルとマスクをはめている。視界の悪さだけでなく、強い風が行く手を阻んだ。
「もう少しよ。急ぎましょう」 
 声を励まして勇気づけ、ファリックは再び歩き出した。
 
「ここがそうだな……
 コンソールの前に膝をついて愛用の工具箱を開け、スコットはつぶやいた。
 シャトルで研究施設のひとつに乗り付けると、前もって知らされていた回線の断絶箇所を発見する。そこを修理さえすれば、後はゼクロスがメインコンピュータのプログラムを修正して終わりだ。
『戦艦が着陸態勢に入った模様。クルーは3機で百人前後。戦闘員はその半分程度と思われます』 
 スイッチを入れっぱなしの通信機から、ゼクロスが報告する。
 スコットは黙々と修理に没頭した。腐ってちぎれた線の端を切り、つなげていく。古びた、細い線は、少し力を入れただけで切れてしまいそうだ。
『戦艦のうち1機が屋敷の駐車場に着陸。もう1機はこちらに向かっています』
 スコットは慎重に回線を扱った。ちぎれたそれを、丁寧につなげていく。
「これで終わりだ……
 最後の1本がつながる。
 ゼクロスが今までのナレーション調の報告とは違う、興奮した声を響かせた。
『メインコンピュータまでの回線が復旧しました! ただちに調査を開始します』
 その声を、祈るような気持ちで待っていた街の人々も聞いている。
「やったか……
 喜びの声を上げる人々の中、ホルン教授は浮かない表情でぼやく。
 白一色の外を見やる。すでに、戦いは始まっているのだ。
 ダダダン!
 銃声も、ミストストームにまぎれて小さな響きと化していた。同士討ちを恐れたファリックら、それに敵方も散開し、戦況は膠着状態となっている。
 ファリックは建物の陰に身を潜め、撃ち尽くしたライフルのマガジンを交換した。彼女は赤外線スコープで人間の熱を見ることができたが、それで敵味方を区別できるわけではない。
 その時、ファリックは壁に預けていた背中に振動を感じる。
「なるほど、建物内なら……
 ライフルをかまえ、入り口に向かっていく。
 戦場は建物内に移っていった。キイはかなり早いうちになかに入り、侵入者たちを相手している。
「戦争のプロではないね。セミプロレベルか」
 言いながら、相手の首筋に手刀を落とす。相手が前のめりに倒れ切る前に、ジャケットの内ポケットからレーザーガンを抜き、別の1人の手の甲を打ち抜いた。ライフルがその手から落下する。
『キイ? 今、メインコンピュータの電源を入れたところです。大丈夫ですか?』
 イヤリング型スピーカーから、控えめな、しかし喜びを含む声が響く。
「ああ。うまくいってるようだな」
『ええ。ただ、他の戦艦が気になります。1機は私をサーチしているようです。もう1機は今、飛行場の外に着陸しようとしています』
「ファリックたちが何と言うかわからないが、きみの判断で、必要なら撃て。そちらで戦えるのはきみだけだ」
『了解』
 答えながら、ゼクロスはメインコンピュータのプログラムを解析していく。
 しかし、不意に、彼はめまいのようなものを感じ、メインコンピュータ内から引き戻された。
 意識を研究施設内に向けると、、スコットが床を叩いている。
「ちくしょう! どうしろってんだ!」
 修理した箇所が黒く変色し、焼き切れている。負荷に耐えられなかったらしい。
『代えはないんですか?』
 ゼクロスの問いに、スコットは黙って首を振った。

『皆さん、地下に避難してください。戦艦がこちらに狙いをつけています。私が盾になりましょう』
 街にゼクロスの声が響いた。メインコンピュータへの回線が再び遮断されたことと戦艦の襲撃を聞き、人々は怯えたような表情を浮かべている。
『私のバリアは強力です。心配はいりませんよ』
 安心させるように言って、人々を誘導する。
「向こうはどうなってる?」
 避難する人々を眺めながら、ホルン教授は無愛想にきいた。
『屋敷のほうは膠着状態です。スコットのほうは……
『どうしようもない。お手上げだ』
 答えたのは、スコット本人だった。
『腐食した範囲が長過ぎてつなげることができない。すまないみんな……
「何かあるだろう。代用できるものはないのか」
『そんなもの、この状態で買う余裕も何も……商会ににらまれているし、そんなことのためにネスカリアに行くわけにもいかなかったろう』
 不機嫌な教授のことばに、スコットも投げやりな調子でことばを返す。
 その時、飛行場の建物が震えた。
 通常のバリアでは防御しきれないため、ゼクロスはASを起動して全体を包む。そのバリアの表面で、何度も光弾がはじけた。
 衝撃も轟音も意に介さず、教授は考え込む。
『屋敷のほうで2名負傷者が出ている模様です。そのうちの1人は重傷です』
 ゼクロスが告げると、1人の女性が声を上げた。ラミスという名の女医だ。
「私が行くよ。見捨てるわけにはいかないだろう。早くしないと出血多量になってしまう」
 危険だと止める周囲の者をかきわけ、出口に向かおうとする。
 それを見送っていた教授が、ふと顔を上げる。
「ゼクロス、あの施設内で必要のない回線を割り出してくれ。それで代用すればいい。今はメインコンピュータを機動するのが最優先だ」
 そう告げるなり、ラミスを追って走る。
 ゼクロスは急いで回線を調査した。ほとんどのものは古びて弱っているが、その中でいくらかマシな物を見つけ出す。
 スコットはまた、慎重にそれを探し始めた。
 間もなくそれを見つけ、焼き切れた部分につぎたす。
『今度こそ起動して見せます!』
 メインコンピュータの調査を再開する。だが、同時に彼は、問題材料を感知した。
『戦艦が高周波ビットをばら撒いているようです』
「とんだ兵器を持ってきたな……大丈夫なのか?」
『私のほうは平気です。あれが歪曲空間を通り抜けるなら話は別ですが。問題は……』 
 表情を引きつらせたスコットに答えながら、ゼクロスはすでに、解決手段を取っている。
『キイ、メインコンピュータのプログラムを守ってください。新しいプログラムを入れるくらいの費用、向こうにとってはなんでもないんでしょう』
「良いプログラマーが見つからないから、その手で来たか。人工衛星1個分に比べれば安いもんだろうしな。まあ、任せときな」
 キイはジャケットの左手首の袖の下、ASに軽く触れた。ゼクロスは巨大な結界の発動を確認する。
 その直後、高周波パルスが降り注いだ。
 その下で、ゼクロスはメインコンピュータのプログラムを組みなおし、正常に起動した通信機からメッセージを送信する。
 ネラウル政府へ。
『終わりました。後は政府軍が来るまで耐えるだけです』
 キイのそばにいるファリックがほっと溜め息を洩らし、飛行場の地下にいた人々も安堵の表情を見せる。
 ただ、屋敷の戦いはまだ続いている。それに、一部だけ騒がしいところがあった。
 ホルン教授が指示し、負傷者が屋敷の屋上に運ばれる。スコットがシャトルでそれを拾い、次に教授らを拾って街に戻る。メインコンピュータの復旧で、ゼクロスは簡単にそれぞれの居場所を割り出した。
「もうずいぶん失血してる。輸血が必要だよ、この子は何型だい」
 応急処置を施しながら、ラミスは一緒に乗り込んだ軽傷の女性にきく。
 スコットはシャトルを操り、急いで飛行場に戻った。素早く、そしてできる限り揺らさないよう、着陸する。
 空気の浄化が終わるなり、残っていた医療スタッフが担架を運んでくる。そして、そのまま医務室へ行こうとする。
『待ってください! 医務室もこの衝撃で荒れています。行くだけ危険です』
 いまだ攻撃は続いている。ラミスは表情に焦燥をにじませ、シャトルの向こうの宇宙船を見た。 
「それじゃあ、どうしろって言うの!」
『私の機体のなかのほうが安定しています。それに、ASを使ってお手伝いできると思います。輸血もできますよ』
 ASが何なのか理解していないが、ラミスはほとんど本能的にこの人工知能の言うことを信じた。スタッフに必要な器具を取りに行かせ、ゼクロス機内に患者を運ぶ。
「ここで手術することになるとはな……
 医術の心得もあるらしく、ホルン教授がぼやく。
 そしてまた、ひとつの生きるための戦いが始まった。

『商会の自衛軍が撤退を開始しました』
 ゼクロスの疲れ切った声に、キイは苦笑した。
 屋敷のホールの中央に、この戦場に残った6人全員が集まっている。ファリックたちもさすがに疲れた様子でへたり込んでいる。
 すでに立っている敵の姿はない。
 不意に、ゼクロスが意外そうな声を上げる。
『自衛軍が停止しています……これは……?』
 それに答える大音声は、上空から聞こえた。
『こちらはギャラクシーポリスだ。クリズリー商会の自衛軍だな? 大人しく投降しろ』

 その後――。
 商会の悪行はすべて白日の下にさらされた。ギャラクシーポリスがもともと捜査を進めていたこともあるが、それを察知して気にかけていたシグナが、ゼクロスが宇宙港から行方をくらましたのを心配し、ランキムに報告していたらしい。
 それに、ゼクロスがネスカリアに送信した自衛軍襲撃の映像を、近くにいたGP船にすぐに転送できたということもあった。ネラウル政府はその映像をあっさり信じたわけではないだろうが。
 メインコンピュータを起動させたのはゼクロスだということも証明された。
 そして、法律上ゼクロスの所有者はキイ・マスターだ。
 こうして、人工衛星ミルドはキイの物になった。
「ふふ……これで計画通り……
『何か言いました?』
 ブリッジで何やらつぶやいているキイに、ゼクロスはどこか眠たげな声をかける。
 キイがいない時にASのバリアを張り続け、その上ASで血液を作り上げて輸血するという役目をこなした彼は、GPがやってきた直後、ほとんど卒倒同然に休眠した。それから半日ほどたっているが、まだ気力は回復しきっていない。
 キイは激しい戦いをしたと思えないほど、まったくいつも通りである。彼女は笑い、抱えていたスケッチブックを上に向ける。
「あの飛行場もいいけど、もっと大きな家がいいなあ。家というか、研究所もつけてね」
 スケッチブックには、ドーム状の建物の図面が描かれていた。
『そんなことのために……今回の依頼を……
 あきれたような、また卒倒しそうな調子の声に、キイは苦笑し、
「ご苦労様。今回は良くやったよ、きみは」
 笑みをさらに深くする。
 その時、ゼクロスは通信を取り次いだ。通信はすぐに切れるが、ゼクロスはその内容を報告する。
『キイ・マスター様……このたびはネラウル政府にご協力いただきありがとうございます。あなたを第2衛星ミルドの所有者として認可します』
「ふむふむ」
……つきましては……今年度以降、あなたにネラウル星系内の土地所有者として正当な税を納めていただきたく……
 キイは艦長席から転げ落ちた。
「税金かい……
 モニターに浮かんだ数字の列を眺め、彼女は震える声でつぶやいたのだった。

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