宇宙の辺境と呼ばれる一角。そこに、ネラウル系はある。
特に目立ったものはなく、文明レベルもそこそこの自由都市ネスカリアが第4惑星にあるのみだ。自由な気風で誰もが気楽に補給や観光を楽しめる……という点で、親しみが持てる惑星ではあるが。
しかし、近年、いくつかの問題が持ち上がっていた。
ひとつは、『船の墓場』である。
第2人工衛星ミルドが宇宙のゴミ捨て場と化し、古い宇宙船などが漂うままになっている。その6割はエリエル製だ。こちらの問題はエリエルとオリヴンが協力し、対策を協議している際中である。
もうひとつは、宇宙海賊の存在だった。
『艦内時間で約13時間前、ラフレルの貿易船が襲撃されました。死者12名、行方不明者3名だそうです』
ことばと同時に、サブモニターに映像を映し出す。ニュース番組で使われた物らしいその映像の中では宇宙船の破片と思われる物が闇に散らばり、現場調査に駆り出された警察のシャトルが3機、センサーをフル稼働させている様子だった。
サブモニターを横目で見ながら、キイ・マスターはスケッチブックに何かを描き続けていた。ベレー帽にどこかの美術大学生のような服装に似合う動作。
『キイ?』
宇宙船制御人工知能XEX――ゼクロスの不審げな声に答え、キイは仕方なさそうにうなずいた。
「高価なものを乗せているからな。まあ、ASを持っているというウワサがあるにしろ、海賊ぐらい、きみの敵ではないけどね」
唯一のクルー、キイを乗せ、ゼクロスはネスカリアに向かっていた。シグナ・ステーションで仕事をもらい、希少価値の高い鉱石を輸送中だ。
『……』
ゼクロスはサブモニターの映像を切り替えて元に戻し、黙り込んだ。
しばらくの沈黙の後、意に介さずスケッチブックに向かっていたキイは、不意に天井を仰いだ。そして、おもしろがるような、しらじらしいような、本心の見えない声を上げる。
「イライラしているね、ゼクロス。ストレスは身体に悪いよ」
『誰がそうさせているのですか。しかし、私はべつにイライラしてません。私にそんな曖昧な感情はありません』
「きみは感受性が強すぎる。誰がこんなふうに造ったんだかねえ」
『キイが無感動なだけです』
「その件に関しては、反論しないがね」
キイは、ふっと不敵に笑った。その笑みは、人間の心というものを超越した何かを感じさせる。
『不謹慎ですよ。……いっそ、海賊たちが襲撃してくれれば良いのですが。これ以上被害者を出したくありません』
「なに、心配いらないさ」
キイは気安く請け合った。
「どうにしろ、戦うことになるだろうから」
クリズリー商会の会長、ベイン・クリズリー自らに迎えられ、キイは豪奢な屋敷の中に足を踏み入れた。
壁にかけられた絵画も、エキゾチックな雰囲気を漂わせる燭台も、すべて値打ちものである。内装、それに建物自体も、このネスカリアでも最高級に違いない。
「ここへ来て驚かれましたでしょう? オリヴンやエルソンなどとはあまりにも文明レベルが違いすぎる」
ベインは、キイが想像していたよりはずいぶん若かった。外見的は、30代前半といったところか。
彼はキイを席に案内すると、苦笑しながら壁に飾られていたライフルを取る。
「こんなのが、ここでは最先端の武器なのです。もちろん、警察や自衛軍もそうです。海賊になど歯が立ちませんね」
「クリズリー商会の船も狙われているそうで。大変ですね」
「ええ、今回の船も取引相手ですし、うちのも2度やられています。ギャラクシーポリスは対応が遅いし、困ったものです」
ギャラクシーポリス――GPとしては、ひとつの星系内のことにまで貴重な人員を割けないというのが実情だろう。すでに死傷者は出ているが、まだそう多くはない。
それに、どの事件でも、襲撃は『船の墓場』に近づいた直後だったという。『船の墓場』に近づきさえしなければ大丈夫らしい、というのが、警察などの見解だ。
「そこに、宇宙海賊のアジトがあるのでしょうね」
出されたハーブティーをすすり、キイは興味なさそうに言う。
「まあ、我々としては触らぬ神にたたり無しです。いずれは掃討しなければならないでしょうが」
「それが安全でしょうね……」
言って、キイは席を立った。
「では、私はこれで。また仕事があればいつでもどうぞ」
ハーブティーと一緒に出された焼きたてのクッキーには一瞥をくれただけで、キイはその場から去った。
――舌打ちするベイン・クリズリーを思い浮かべながら。
大きな屋敷を出たところで、キイはゼクロスからの通信を受信した。
『キイ?』
「ああ、なんだい、ゼクロス」
『気象衛星のデータを分析すると、明日、ミストストームが発生するようですよ。おもしろそうですね』
ネラウル系の惑星は、他の星系の惑星とくらべ、重力が強い。また、星系の外にはブラックホールも確認されている。
それらの影響という説が有力だが、ある条件がそろうと、この星系すべての星々が厚いもやのようなもので覆われるのだ。
「視界がゼロになるのがそんなに嬉しいかい?」
『本当に無感動ですね、キイ……』
「スモッグに包まれた惑星を想像してしまうよ」
彼女は肩をすくめた。とはいえ、ミストストームを実際に見たことはない。
「まあ、明日のお楽しみだな」
その夜、キイは高台の展望台近くのホテルに一室を取ると、早めに休んだ。すでに必要な物はそろえている。
この惑星は1日が20時間余りである。そのペースに合わせたわけではないが、キイにしてはかなり早い就寝だ。
『おやすみなさい、キイ』
「おやすみ、ゼクロス」
黒のジャケットをベッドのそばに置き、腕時計型通信機とベルトのポーチは着けたまま……つまり、ほとんどいつもと変わらない服装でベッドに倒れ込む。その警戒ぶりは、見ている者がいれば誰の目にも明らかだったろう。
「ゼクロスはここまで見てないからな……」
通信機を見ながらつぶやく。
ゼクロスがキイをモニタリングする手段がないわけではないが、緊急時か事前に指示されるかしないとやらないだろう。キイも監視されるのは好きではない。
心地よい緊張感の中、キイはとりあえず、何も起こらないうちに眠っておくことにした。
闇の中……意志を持った質量がひとつ、足音すら立てずに部屋に忍び込んだ。
侵入者は赤外線スコープ越しに、室内を見渡す。ライフルを油断なくかまえたまま。
自分以外に動く気配がないのを確かめ、ベッドに近づく。赤外線スコープは、確かにそこに熱量を感じ取っていた。
それが微動だにしないことに安心しながら、さらに近づき――
不意に首筋に冷たいものを感じ、動きを止めた。
辺りは闇に包まれ、赤外線スコープも生物の姿など映していない。しかし、押し付けられた刃の冷たさが傲慢に主張するのは、それが世界のすべてであるかのような存在感。
「……私に何か用かな? 礼儀を知らない客はもてなさないが」
背後からの声の主が、声をかけると同時にライフルを取り上げた。侵入者は大人しく、指示に従う。赤外線スコープを外し、ヘルメットを取ると、長い金髪がこぼれ落ち、闇に映える。
照明が点けられ、室内が照らし出された。初めて相手の姿を確認した侵入者は、その青い目を丸くした。
「あなたまるで……生きてないみたいだわ」
そう言われて、アーミーナイフを手にしたキイ・マスターは苦笑した。
「どうだろうね。『生きていること』の定義にもよるが」
ベッドの毛布を取ると、さらに、筒状になった毛布が横たわっている。キイはその中から、手のひらに隠れるくらいの、小さな装置を拾い上げた。
それをナイフと一緒に懐にしまいながら、立ち尽くす侵入者を振り返る。
「暗殺者ではないね。時間が惜しんだろう? 話してみたらどうだい」
「……おことばに甘えさせてもらうわ」
自然体のキイの様子に肩をすくめながら、彼女はまず、簡単に自己紹介をした。
名は、ファリック・アンサレー。第2衛星ミルドに住んでいるという。
「ミルドは無人ということになっているけど、実際は約270人が住んでいるわ。大昔に研究所の職員として移住した人たちの子孫か、クリズリー商会に追われて逃げ延びた人たちがね」
「ふうん……」
「もともとあの惑星にあった研究所も商会のものよ。研究の失敗をもみ消して、商会はあの星をゴミ捨て場にしていたの。流刑所のようなものね。そして、いずれ星ごと葬るつもりだったのでしょう」
ミルドは有害物質による大気汚染とメインコンピュータの故障により、その機能を失っていた。そのため、『船の墓場』に捨てられたスクラップを排除でき次第破壊しようという提案が、以前実際に出されていた。
「それも、政府のあの発表で変わった……」
クリズリー商会は衛星ミルドに誰も近づけさせまいと、海賊の襲撃を演出した。しかし、それがミルドに人が住めるのではないかという推測をもたらす。海賊のアジトがミルドにあるに違いないと。
ネラウル政府はそう考え、あることを発表した。
海賊を掃討し、衛星のメインコンピュータを修理した者に衛星自体の所有権を譲る、と。衛星としての機能はもちろん政府のものだが、土地だけを考えても充分な大きさがある。
「海賊は、商会の自作自演。商会にとってこれ以上おいしい話はないわ」
「海賊などいないとわかっているからね……」
「そう、でも、それは私たちも同じよ。私たちにとってもチャンス……」
ファリックはキイに向き直った。
「優秀なコンピュータ技師はこの惑星にはいないの。だからクリズリー商会も今まで手を出せなかったのでしょう。でも、あなたたちに目をつけているかもしれない」
「へえ、それで」
キイは納得した様子でうなずく。キイやゼクロスの能力は、ある程度仕事の依頼人には伝えられている。
「クリズリー商会は自衛軍も抱えてるし、ここにいてはあなたも危険よ。連中は手荒な真似が得意よ。それに、力を貸してほしいの……私たちの存在を人々に知ってもらうために」
普通のやり方では、商会の財産と権力にもみ消されてしまう。政府の発表に関わることなら話は別だろうが、普段は、誰もミルドに住民がいるなどという話を信じてはくれないだろう。
しかし、キイはクリズリー商会の裏の顔について、すでに調査済みだった。
キイが信じるかどうかを危惧しながら見つめるファリックの前で、キイは面倒くさそうに腕時計型通信機のスイッチを入れた。
「ゼクロス、起きろ。出発だ。ラハスの展望台の上に」
『え? あ、はい』
キイの行動に、ゼクロスだけでなく、ファリックも驚いた。キイは当たり前といった様子で、ジャケットの袖に腕を通す。
「ミストストームが近い。衛星が機能してないんじゃ、誘導は期待できないんだろう。本当は、ミストストームにまぎれて行ければいいんだけどな」
すでに準備を終えると、キイはファリックの装備を返した。ファリックはまだ、半ば茫然としている。
「私は展望台の裏の森に隠した仲間のシャトルで戻るわ。でも、あなた、もしかして……?」
まるでこうなることがわかっていたかのようだと訝るファリックに、キイは不敵な笑みを向けた。
「さあ、偶然かな。ミストストームの観察のためかもね」
白いもやのようなものが、上空から街に降り始めていた。そのもやの中を突っ切って、青い翼は上昇していく。
大気圏外に出て間もなく、呼びかけがあった。メインモニターに、狭そうなブリッジと、1組の男女の姿が映し出される。
『キイ、感謝するわ。私たちの話を聞いてくれて』
『あんたがキイ・マスターか』
ファリックのとなりから、若い男がのぞき込んだ。
『オレはスコット。元パイロット兼エンジニアだ。よろしくな』
「こちらこそ」
彼らはキイがクリズリー商会の依頼を受けてからすぐに、今回のことを計画していたのだろう。キイのことは計画に関わる他の者たちにも知れ渡っているに違いない。
スコットが操るシャトルが先頭になり、ゼクロスを衛星ミルドまで誘導する。何かの破片のような宇宙のゴミを、闇に消え入りそうなシャトルが華麗に避ける。ゼクロスに向かってくる物は、その船体の周囲をめぐるリングに粉砕された。
『キイ……どういうことなのですか? あなたは海賊の正体を知っていましたね』
しばらく沈黙を続けていたゼクロスが、ついに不満げな声を上げた。
「本物の海賊はASを持っているという。でも、ここの海賊は違うようだしね」
量子力学的情報を操る強力なシステムであるASを持っているなら、衛星に誰も近づけさせたくないにしろ、商船から何かを奪うにしろ、もっとスマートで簡単な方法が使えるはずだ。誰にも知られず、手軽に目的を果たすことが。
「目立ちたがり屋な海賊というわけでもなさそうだし。かといって、普通の海賊が生きていけるほど甘い世の中じゃない」
『はあ……』
スクラップの宇宙船群の下をくぐり、シャトルに続き、ゼクロスはミルドを包み始めたミストストームに突入した。シャトルからの誘導に従い、危なげなく着陸する。
降りてから、そこが広大な建物内であることがわかった。ふたつに割れていた天井が元に戻り、少しの間、室内の空気の浄化を待つ。それが終わるとシャトルのハッチから2人が現われ、キイも外に出る。
「ここは飛行場よ。この辺りには有害なものはないから大丈夫。研究所があった辺りはひどい状況らしいけど」
白一色に染まった窓の外を見ながら、ファリックが説明した。
「この建物の内部に街があるの。小さな街だけど、ゆっくりして行って」
「そうさせてもらうよ」
3機のシャトルが並び、ゼクロスの機体もそこに納まったこの空間は、ひどく殺風景だった。しかし、通路の向こうには、誰かが生活しているらしい空気がある。
ファリックは1枚の紙切れを懐から取り出すと、キイに手渡した。
「後でここに来てちょうだい。私たちの話を聞いてくれたあなたなら、興味を持ってくれるでしょう」
自分の役目を果たすことができたからか、彼女は安堵の溜め息をつきながら、きびすを返した。それを追うか追うまいか迷った様子を見せながら、スコットは頭を掻く。
「まあ、よろしく頼む。……あんただけじゃない。この船には人工知能が載ってんだろう?」
『ええ、初めまして、スコットさん。私はゼクロス。この船の制御AIです』
見上げるスコットに、ゼクロスが嬉々として応じた。スコットは驚嘆の表情を見せる。
「こりゃ驚いた。いや、話を聞くのと実際会って見るのとでは大違いだ。……よろしく頼むぜ、ゼクロス。メインコンピュータの機動は任せるからな。オレはどちらかと言うとパイロット向きなんでね」
『任せてください。回線さえつなげられればすぐにでも調査できますが』
「それは、問題があってな……」
スコットは渋い顔をしてキイのほうを見た。
「まあ、後でファリックから説明があるだろう……。ところでキイ、中を見せてもらっていいか?」
「ご自由にどうぞ。私は、街を回って見ますんで」
キイは笑みを見せて答え、通路の向こうに姿を消した。
それを見送った後、スコットはブリッジに迎え入れられ、その内装を見回す。
「少ないな……やっぱりほとんど音声入力か。優秀なパイロットの働き口が減ってくわけだ」
『パイロットが有機体かどうかの違いですよ。あなたの操縦の腕は賞賛に値します。しかし、私にもプライドがありますから、人間に引けを取らないつもりですが』
「完璧な計算で割り出された操縦だからか?」
『自分の手足を他人の方がうまく動かせると言われて、いい気持ちがしますか?』
耳に心地よい声が含んだ意地の悪い響きに、スコットは苦笑した。
「そりゃ、しないだろうな。でもそれじゃあ、オレはお払い箱だ」
『そうでもありませんよ……私にも、できないことがありますから』
ゼクロスは不安げに答えた。
その不安の原因はスコットも知っている。それは、これから起きるであろう、戦いを思ってのことに違いなかった。