NO.5 正義という名の悲劇 - PART I

 いくつもの白い影が、雲ひとつない空を横切っていく。頭上に落ちてきた影につられて見上げたロッティは、漆黒のシャトルが横列を組んで過ぎ去っていくのを見、溜め息を洩らす。
 その様子を見て、クッションの効いた高価そうな椅子に腰かけたダルニア外相は、わずかに不思議そうな表情を浮かべたものの、すぐに無表情に戻る。ソファーの端でじっと冷たい視線を送っているテリッサの表情などおかまいなしだ。
「とにかく、こちらの取引に応じてくださるのでしょうな?」
 それが当然であるかのように言ってくる。
 取引するにせよしないにせよ、ロッティにそれを決める権利はない。そして残念なことに、その取引はGP――ギャラクシーポリスにとってはなかなか魅力的なものであるに間違いなかった。この惑星、バリキュウムが発展させた技術は、兵器としてもかなりの効果を及ぼすものとなるだろう。
 しかし確約する必要はない。どうしても契約を取り付けたいなら、たまたまやって来ただけの自分たちに言うことはない。直接GP本部に掛け合えばいい。
 そう考えついて、ロッティは溜め息交じりに答えた。
「残念ながらそれは私個人の権限では決定できない。一応本部に知らせておきましょう。しかしいつ本部に戻れるかわからないので、いつ報告できるかも約束できません」
 筋が通っている答に、渋々ながらダルニア外相はうなずいた。
 ロッティは再び、溜め息とともにことばを吐き出す。
「次は私の質問に答えていただきたいですね。本当にザイダル・レイドフはヒュリヴ財団と関わりがないのですか?」
「ない。警察に捜索させてもいいが、GPに行方がつかめないものを、期待はしないでいただきたい」
 外相はにべもない。
 この陰湿な争いは、痛み分けに終わったようだった。
「戻るぞ」
 テリッサとレオナードの2人に声をかけると、外まで送るという外相の申し出を丁重に断り、宮廷を出る。彼らの船――GPのNO.2宇宙戦艦ランキムは、すぐ近くのステーションで機体を休めている。
「まったく、話にならないわ」
 宮廷を出るなり、テリッサがたまりにたまったイライラを吐き出した。
「すでに犠牲者も出ているし、人の命がかかってるっていうのに」
 もともと、3人がこの惑星にやってきたのは、ある事件の犯人を追って来てのことだった。
 それぞれの理由で落ち込み、無気力状態になっていた者が、突然何かに憑かれたかのように人格が変わる、ということが連続して起こった。事業が失敗して落ち込んでいた男が突然不審な行動をとるようになり、やがて行方不明になる。ノイローゼで精神病院に通っていた女性が殺人事件を起こしたあげく、笑いながら自らののどを突く。
 それらの事件が起こった惑星や宇宙ステーションはすべて3光年以内にあり、また、調査の末、ある人物との関わりが判明した。
 それが、ザイダル・レイドフと名のる者である。
「レイドフとヒュリヴ財団の関係を示す証拠を見つけるのが先だな。しかし、財団は証拠隠滅にかかるだろう。結局、自力で見つけろということか」
「取引の件は良かったのか?」
 レオナードが前を行くロッティに問う。
 振り返り、警部は肩をすくめた。
「重要部分までこっちに教えるとは思えないな。それどころか、技術を教えてもらうつもりでこっちが操り人形にされてしまうかもな」
 その時、1人の少年がそのそばをすれ違った。
「事件の捜査、ご苦労様です」
 少年はそれまで表情のなかった顔にほほ笑みを浮かべて言い、礼儀正しく会釈をし、去っていく。
……
 3人はしばし茫然として少年の背中を見送っていたが、やがて顔を見合わせた。

「何かわかったか?」
 艦内に戻るなり、ロッティはもう1人の部下に声をかける。
『有力な手がかりになりそうなことは、何も。レイドフの行方も依然不明のままです』
 この宇宙戦艦に搭載された人工知能ランキムは、淡々と情報収集の結果を報告した。
『この惑星のネットワークにはレイドフやそれに関わる事件の情報が一切流れていません。情報規制がされた可能性があります』
「ヒュリヴ財団が関わっているなら、それくらいお手の物だな……
 この惑星で最も巨大な富と権力を持つ組織、ヒュリヴ財団は、バリキュウム政府と提携している。情報操作も容易だろう。
「それ以前に、ニューロオペレーターがどこまで脳に作用するかによっては、みんな操り人形だからな……口裏合わせも容易だ」
 ニューロオペレーター。頭蓋骨内の神経系と接続したマイクロコンピュータの一種。脳内物質の分泌量を制限し、精神を安定させる効果がある……ということになっている。それを接続する手術が義務化されてから、犯罪がほぼ皆無となったとか。
『今までに寄ったステーション等での情報では、部外者がよく行方不明となるということですが、ここでは適切な情報が入手できません』
 ネットでも聞き込みでも情報を得られそうにない以上、ほとんど行き当たりばったりに行くしかない。
 ロッティはしばし考えた後、ランキムに指示を下した。
「ここにいても仕方がない……一旦トライフ・ステーションに戻ろう。レイドフの次の行動を探るんだ」

 アーシェリアはチラリと通りをうかがうと、誰もいないことを確認し、狭い間から身を滑り込ませた。建物の陰に潜む弟たちを手招きし、中へ誘導する。
「見つかってはいないようね」
 少しも油断なく再び通りを見やり、そっとドアを閉じる。
 中は静けさに包まれていた。真っ暗闇だった中に、もともとそこにいた者のうちの1人が、古めかしいランプのようなものに灯をともし、明かりを作る。室内に狭そうにしながら潜む30人ほどの顔が照らし出された。
 居並ぶ顔は、どれも若い。円を作るその中心に、リーダーらしき青年があぐらをかいている。
「アーシェ、そっちの様子はどうだ?」
 3人姉弟が座り込むのを待ち、静かに問う。
「ヒュリヴの研究所についてはバレていないわ。ひそかに暗殺が行われているとのウワサもあるから、油断はできないけど。それと、GPの刑事たちが来ているようね」
「チャンスかもしれないな」
 弟の1人がつぶやく。
「どうする、ベネト?」
 アーシェリアがリーダーの名前を呼ぶ。
 ベネト、と呼ばれた青年は、力強くうなづいた。
「外部の力を借りる他ない。他の連中はみんな政府の手先だからな。そのためにはGPを誘導しなくては……
「私に任せて」
 アーシェリアがそう言った。
「しかし、これ以上危険なことは……
「大きなことをやるには多少の犠牲はつきものよ。それに、私はヘマはしないわ。私を信頼してくれているのでしょう?」
 ベネトや弟たちは躊躇した。しかしアーシェリアは自信ありげに言い、安心させるようにほほ笑みを浮かべて見せる。
 ベネトは数秒の沈黙の後、口を開いた。
「わかった、お前に任せる。しかし無茶はするなよ」
「言われるまでもないわ」
 アーシェリアは再びほほ笑む。
「時は来た。我々は操り人形ではない。ニューロオペレーターという支配者から解放され、真の人の感情を取り戻した人々の世界を作るんだ」
 ベネトが声をあげると、皆は口々に賛同した。
 大声をあげることはできず、静かなやり取りだったものの、狭い室内は熱を帯びていた。ここにそろう者は、なんとか手術を逃れた、真の感情を持つ者たち――。マイコンにより制御されていない感情の熱気が、辺りを満たしていた。
 
 トライフ・ステーションで2度目となる聞き込みを開始して間もなく、ランキムはある情報を刑事たちに報告した。
『バリキュウムの航宙ステーションで事件が発生した模様です。反政府組織がステーションをジャックしました』
「反政府組織? とにかく、バリキュウムに向かうぞ」
 ブリッジに戻るなり、ロッティはそう指示を下す。
 すでに準備を整えていたランキムはトライフ・ステーションのゲートを出発し、バリキュウムへの進路をとる。
「政府に反抗する連中がいるってことは、手術を免れた者たちもいたってことか……
「それに、今さらだけど、装置が良いことばかりじゃないってこともね。その証拠が得られればいいんだけど」
 GPの立場としては、レジスタンスに協力するわけにもいかない。要請があれば、バリキュウム政府に協力せざるを得ないほどだ。
 しかし、政府が怪しいことは充分わかっている。証拠さえあれば公式にバリキュウム政府を断罪できる。その証拠に、なかなか手が届かないのが問題だが。
 やがて、ランキムは青い惑星に降下し、問題の航宙ステーションの上空に静止した。
『この惑星にも警察はあるようですね。こちらに向かっている途中です』
「こっちの存在には気づかれているか?」
『いいえ』
「レジスタンスはステーションの通信装置を使っているな? つなげてくれ」
『スクリーン・オン』
 ランキムが告げると同時に、メインモニターに灯が入る。そこには、凛とした青年の姿が映し出された。
「こちらはギャラクシーポリスのロッティ・ロッシーカー警部だ。そちらは?」
『ベネト・ソンフォン。政府の洗脳に反対するものの代表です』
 青年はよどみなく答える。
「洗脳か……では、ニューロオペレーターは政府が説明している以上に脳に作用する装置だと?」
『実際はそんなものじゃあありません』
 ベネトは厳しい表情で言った。
『脳内物質……ドーパミンやアドレナリンなどの分泌を抑制・促進させることだけでも、人を操るのは簡単です。あとは必要以上に利巧になりすぎないよう、シナプスの発育を阻害する。視床下部の情報はそれぞれ宮廷の地下にあるマザーコンピュータ内に投影され、監視・操作されています』
 それはつまり、1人1人の行動はマザーコンピュータを通して管理されており、人々は完全なる操り人形だということだ。
 しかし、そのことばだけを信じるわけにはいかない。
「なぜそこまで知っている? 宮廷の地下にマザーコンピュータがあるなど……
 もしそれが本当なら、有力な情報ではある。
 しかし、表情には期待感など微塵も出さず、いかにも疑わしげに問う。
『宮廷内、それにヒュリヴ財団の研究所にも、スパイを送り込んであります。証拠、と言えるような物はありませんが……
 ベネトにつられ、ロッティも渋い顔をする。
「証拠がないと宮廷の地下に入れないの? GPの権限で入ってしまいましょうよ」
『しかし警部、ダルニア外相らに案内されて地下に入った途端に攻撃される可能性が高いでしょう。地下となれば、私は待っている他ありません。政府は私とGPに洗脳したあなたたちを引き渡すでしょう』
 テリッサのことばに、ランキムが淡々と反論する。
「ああ、その通りだな。GPの権限で宮廷ごと地下施設を破壊するわけにもいかないし。証拠があれば、やつらに有利な穏便な手段をとらなくてもいいかもしれないが」
 本当はそうもいかないが、ロッティは犯罪者に証拠をそろえて見せてやること自体に嫌気がさしてきた。 
 しかし、証拠を得るために犯人を逮捕するわけにもいかない。
 そのとき、ランキムが告げた。
『艦長、バリキュウムの宮廷で爆発がありました。こちらに向かっていた警官隊の一部が引き返していきます』
 サブモニターに空に立ち昇る黒煙が映し出される。
 ロッティが指示を出そうと口を開きかけた瞬間、ベネトがおもしろくもなさそうに言った。 
『宮廷へ向かう口実ができましたね。無事をお祈りしてますよ』

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