ゼクロスは警備隊と交信し、地上ギリギリに降下してもらった。いざというときに盾になってもらうためだ。
警備隊はベルメハンの人々に屋内退避をアナウンスする。
「あれがそうか……」
『生体反応はありません。クルーはいつの間にか逃げ出したんでしょうね。エンジンを完全に破壊したほうが早いでしょうが、惰性で地上に接近する可能性が高い。回りこんで早めに止めるしかないでしょう』
「体当たりかい。ゴミの山が洩れ出さないことを祈ろう」
ゼクロスはオリヴン側に回り込み、レーザーでエンジンを撃ち抜いた。惰性で向かってくる船を受け止めつつ、そのスピードに合わせて後退。徐々にスピードを緩めていく。計算し尽くされたスピード調節で、輸送船に刺激を与えることはない。
『デザイアズが敵艦1体を捕らえました。AS使いを含む他の者は逃亡したようですね。こちらは、このままオリヴンに誘導しましょう』
もともとオリヴンの客なのだ。ゼクロスはとりあえず人気のない飛行場に重力波を使って輸送船をひきつけた。警備隊の船がこちらに向かってくる。
そのとき、パアンという破裂音が鳴り響く。
「何……?」
一瞬キイが顔色を変える。
何かが輸送船の積荷を撃ち抜いていた。光弾が飛び出し、ゼクロスのバリアに着弾。軽い衝撃の直後、輸送船に空いた穴から何かが飛び出してくる。小さな穴はなかからの圧力で一気に広がった。
キイは爆発を予想した。警備隊は巻き込まれるかどうかという位置。ゼクロスもバリアがあるとはいえ、リングは解いており、バリアのほうもASを使ってのものではない。
一瞬が長く思えた。その長い一瞬の緊迫の後、キイはモニターがブラックアウトするのを見る。ゼクロスの悲鳴が聞こえた。
……しかし、爆発の衝撃はない。
「ゼクロス?」
キイは真っ暗なモニターを茫然と見ながら、なにやらわめいているゼクロスに声をかけた。
『ゴミびたしになるなんて……嫌です~』
どうやら爆発はなく、輸送船から噴き出した廃棄物をかぶっただけらしい。視界を奪ったのも、ゼクロスの言う『ゴミ』だろう。
別に臭いもしなかったが、キイもうんざりした気分になった。
「早く〈リグニオン〉に帰って洗浄しよう」
入れてくれるかどうかが問題だか――と、キイは溜め息を洩らした。
飛行場では、顔見知りの警備隊の隊長が礼を述べた。輸送船の件は彼らに引き渡されることになる。一方、宇宙海賊のほうは、GPだ。デザイアズ、ランキムは捕らえた戦艦を誘導し本部に戻る。
あまり話ができる立場ではないものの、ランキムは帰りがけに慌しくゼクロスと交信した。
『すまないな、キイ、ゼクロス。大丈夫だったか?』
ロッティ警部がデザイアズのほうを気にかけながらも詫びた。
『私は大丈夫ですよ。皆、大きな被害がないようで幸いでしたね』
「まあ、立場の相違もある。仕方がないな」
ランキムもルータも、これといった被害はない。AS搭載船に攻撃されればひとたまりもなかったろうが、運が良かったようだ。
『ゆっくりしていられないようでな。とにかく、余り気にしないでくれ。では、これで』
『また会おう』
ランキムの素っ気ない挨拶を最後に、通信は切れた。
GP戦艦が地上を離れると、ゼクロスのとなりに駐機していたルータが、待ちかねたようにチャンネルを開く。クライン艦長の姿がモニターに映し出され、声がブリッジに響いた。
『テスト飛行がこうなるとは思わなかったが、とにかく無事で何よりだ。キイ、ゼクロス、我々は長旅に出る。いい挨拶の場ができたな』
「長旅って、延期になった任務ですね。どれくらいかかりそうですか?」
『早くて十日間だな。まあ、しばしの別れだ』
『寂しくなりますね』
本気で寂しそうなゼクロスに、ルータがことばを挟んだ。
『何、すぐに終わらせて帰って来るよ。帰ってきたら一緒に散歩しよう』
『こら、勝手に決めるんじゃない』
ノード副長が叱咤すると、ルータがすねたようにぶつぶつ言った。クルーの間から笑いが洩れる。
『まあ、大丈夫だろうが、元気でな』
「そちらも、旅の間、気をつけて」
ルータは通信を切った。やがてその姿が、空に溶け込むように浮かび上がる。
エルソン船を見送った後、キイとゼクロスは〈リグニオン〉に戻った。アスラード博士らは、鼻をつまんでキイたちを迎える。汚れはある程度飛行場で落としてはいたが。
「災難だったな」
表へ出たキイに、博士が少し離れたところから言う。
スタッフたちが、早速ゼクロスの清掃にかかっていた。慣れている技術者たちも、そのさすがに臭いには辟易した様子である。
有害物質については飛行場で真っ先に中和されたため、その点の問題はない。しかし、備え付けのシャワーだけでは落とせない臭いと汚れが残っている。
『すみません、皆さん。私の油断がいけないんです』
誰が輸送船を撃ったのか。輸送船そのものに仕掛けがあったという予想もあるが、今はオリヴン警備隊の調査に任せるほかはない。
「大洗浄の後、明日にでもスタッフがそろって検査だ。丁度いい時期だったんじゃないか」
「かもしれませんね。私のほうはまた休みを取らせてもらおう」
『他人事だと思って……』
淡白に応じるキイに、ゼクロスは疲れたように言った。
キイ・マスターは再び地上に降り立った。
ベルメハンの西地区の外れに、ボランティアが運営する児童福祉施設がある。そこに、十年前の事故で親を失った子どもたちが生活している。
子どもたちといっても、今は1番年下で12歳だ。歳が上の者には、運営する側に回っている者もいる。
キイがまるで学校のそれのような薄い桜色の門のそばに立ち、なかをのぞくなり、庭にいた女性がそれを見つけた。
「キイ! 来てくれたのね」
「ここにいたんだね、ミライナ」
その女性は、〈リグニオン〉のスタッフの1人でもある。キイとも旧知の仲だ。
「大丈夫よ、検査時間には戻るから」
「いや、休暇を取ったんだろう。そこまでして戻ることはないさ」
「他ならぬゼクロスのためだもの、私も役に立ちたいのよ」
ミライナはほほ笑み、キイに歩み寄った。ミライナのそばで話を聞いていた少年が、心配そうに口を挟む。
「検査? ゼクロスに何かあったの?」
「ゴミの山に突っ込んだって話を聞いたけど」
「スクラップにされかけたって?」
周囲の少年少女たちが参加してどんどん話があらぬ方向に向かうのを苦笑して聞き、キイはやがて腕時計型通信機のスイッチを押した。一言二言つぶやいた後、建物のスピーカーから美しい声が響く。
『皆、私を心配してくれているのですか? 私は大丈夫ですよ』
子どもたちの間から歓声があがった。ゼクロスも嬉しそうに子どもたちとことばを交わす。
『ただの検査ですから。自由の身のルータがうらやましいですね』
「まさか、検査が終わったら追いかけようとか言わないでくれよ」
『ダメですか~?』
残念そうなゼクロスの声に、ミライナが笑った。
「まあ、あなたたちは自由だもの。会いたいときに会いに行けばいいのよ。だから、できるだけ今回はゆっくりしていって欲しいわね」
子どもたちも、それぞれ大きくうなずく。
「いつまでここにいられるの?」
少年がスピーカーを見上げてきく。
『キイの気が済むまで。特に急ぐ必要もないのでしょう』
「事件のこともあるし、少なくとも解決するまでは」
子どもたちは喜びの声を上げる。
「みんなを宇宙散歩に連れて行けるだけの時間はあるさ。な、ゼクロス?」
キイはほほ笑み、声をかけた。
しかし、答はない。
「ゼクロス?」
子どもたちを不安がらせないよう、腕時計に小声で声をかける。ミライナは笑顔を崩さぬまま、しかし、その目で異変に気づいたことがわかる。
「どうした……?」
言いながら、キイは光に気づいた。見上げると、まぶしい赤い光が視界いっぱいに降り注いでくる……
ゼクロスは愕然とした。
〈リグニオン〉のモニターに忽然と現われ、映し出されたそれは、AS搭載船だった。彼にはそれが感じ取れる。
「地上に標的を向けています! 警備隊も間に合いません!」
エイシアの緊迫した声が響く。異変の直前までのんびりした空気だった〈リグニオン〉内は、今や修羅場とも言える切迫した空気に包まれていた。
ゼクロスはエイシアの操作を待たず、自分で出口を開いた。時間がない。
『私が出ます! キイに連絡を取ってください』
妨害を受けているので、連絡をとっても間に合わないことはわかっている。ゼクロスは1人、〈リグニオン〉を出て急上昇した。
「砲撃を受けます!」
ゼクロスを送り出した直後、エイシアが叫ぶ。
アスラードは祈りたい気分だった。このステーション自体の防備は薄い。いや、惑星や都市のバリアが強力だが、それでもASの前では無力だろう。
ゼクロスは上昇しながら、バリアを全開にした。キイのいない時にASを使うのはかなりの負担がかかる。しかし、今はそれを気にしてはいられない。
ドムッ!
意外に低い、鈍い音がした。人の血のような色をした光が、バリアを揺さぶる。大部分は受け止めたものの、光線の一部が高層ビルを薙ぎ倒した。
ゼクロスは大気圏を突っ切り、敵艦へ迫ろうとする。だがすぐに、第2波が降り注いだ。
バリアにヒビが入る。そして、先程より太いそれた光線の一部がベルメハンの西部をえぐる。
『そんなっ……!』
衝撃を受けながら、ゼクロスは通信を傍受した。
クルーのいない、空のブリッジのモニターに現れたのは、見覚えのある金髪青年の顔。
『やあ、また会ったね。こうすれば出てきてくれると思ってたよ』
『そんなことのために……!』
『ボクら〈宇宙の使徒〉にとっては重要なことさ。そして、きみは見事に罠にかかってくれた。正に協力者だね』
『協力なんてしていません!』
『そうかな? もう充分協力してもらった気もするけど。それに、これからはさらにね』
ゼクロスは、宇宙の闇の中にたたずむ小さな敵艦に狙いを定めた。どこにも躊躇する理由はない。ASの力を使い、全力を注ぐ。
敵艦はバリアを展開。
『よくも……人々を……子どもたちを……』
その強い意思のためか、ASの力が増幅されていくのを感じ、司祭の青年は感嘆の声を上げた。
『すごい力だね……その力でエルソンを滅ぼす気か? そこまで気が回らないのか。でも、今はまだ、エルソンもシグナ・ステーションも必要だからね』
司祭がつぶやいた直後、なりふりかまわず捨て身の一撃を放とうとしていたゼクロスは、衝撃を感じた。
『――ッ!!』
激しい苦痛を感じ、そのまま意識と収束していた力を手放す。
操縦者を失った宇宙船はただ漂うのみで、後は宇宙の使徒の司祭しか残されていない。その意思に状況が任されることは明白だった。宇宙は絶望したかのように静まり返っている……
勝ち誇った司祭が、自機のアームを操作し、ゼクロスの回収に取り掛かる。
その、刹那。
「っな……にぃ?」
青年はかすれた声を絞り出し、ぎこちなく首を曲げて見下ろした。その腹部から、銀色にきらめく刃が突き出ている。
背中からつらぬかれていた。硬い金属製のイスの背もたれごと。
司祭は振り向こうとする。しかし、白い手が後ろからその頭を押し戻す。
「きみたちにはなかなか手を焼かされるよ」
後ろから、性別不明な澄んだ声が響く。感情も読み取れない、どこかおもしろがっているようにも聞こえる声。
「きみは、誰? どうして?」
青年は簡潔に質問する。
背後の人物は、何気なく答えた。往来で知り合いに声をかけるがごとくの素っ気なさだ。
「ん? ああ。なに、ボクの立場がきみたちと対立してるだけのことさ。それに、あんまり気持ち悪い手段って好きになれなくてね」
「好きでやってるわけじゃない……ボクだって」
「なら、しょせんきみは大して生きたくなかったんだろう」
その人物はあっさり言った。
「この世界に好きなものが少なけりゃ、生きることも好きになれないさ。残念だね。きみは、彼のことすら好きになれる立場になかった」
「ボクは結局、世界に見捨てられたのか……」
青年司祭は目を閉じた。
ブリッジに残された唯一の人影は、1度、体温を失っていく青年を見下ろす。感情の無い目で。
「きみが世界を見捨てたのさ。きみは変えようとも思わなかった。自分の世界も……愛する者たちの世界も」