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咎人たちは風と詠いて(2)

 対して、姉はグレンの手首をつかみながら、冷静に言った。
「ストリートファイトですよ」
 ホナミが軽く手をひねったと見るや、少年にしてはかなりの巨体と言える身体が、宙で一回転する。
「ぶぼっ」
 頭を砂の中に突っ込んで、グレスは砂煙を舞い上げた。
「大した仕事だ……」
 しばらく周囲の少年たち同様立ち尽くしたあと、ナユトは口笛を吹いた。

 大半が未開の状態である惑星ガロンには、大陸上に、三つの町が作られていた。管理システムのある無人のメインベースを中心に、三角の頂点を形作る町は、上から右回りにシティ・ワン、シティ・ツー、シティ・スリーという、何の面白みもない名をつけられている。
「なんだか、暗い雰囲気だね」
 アレツや他の惑星より薄暗い空を見上げて、ツキミがぼやく。
 少年たちは、シャトルの着陸地点から、シティ・ワンに移動していた。町の居住区は白いテントが多いが、時折、工場や通信塔など、科学レベルの高い建物が目に入る。それらの間を抜けて、一行は街の中心部に向かう。
 グレスとイシュタはさすがにもう姉妹に手を出すつもりはないらしく、最後尾についていた。姉妹は、ナユトと先頭を歩いている。
「ここはどこもそうさ。希望も何もない。常に管理システムの情報網に監視されて、命令通りに、時間通りに動かないといけない。時間に遅れたら、死ぬ」
「……シビアね」
 ホナミが、無感動につぶやく。
 ナユトらにとっては、もう慣れ切ったことだった。だが、新人たちはまだ、ここでの生活を知らない。慣れることができなければ、早いうちに命を落とす可能性が高い。
「ナユトくん……ここの人たちは、全員が犯罪らしい犯罪を犯したわけじゃないでしょう? あなたは、どうしてここに? ……答えたくなければ、それでもいいけど」
 そんなこと聞いてどうするんだ、と、ナユトは内心思った。しかし、ホナミの静かな口調は、どこかだいぶ前に亡くした母親を思い出させて、話してもいいか、という気持ちになる。
「大したことじゃないよ。ありがちな話さ。両親もとっくにこっちに送られて死んで、家族も保護者もいなかった。だから、盗みをやんなきゃ生きていけなかった」
 歩きながら、短く語る。
「そっか。みんな一緒だね。あたしたちも、なんとかストリート・ファイトで食ってたんだけど……一瞬間前にぶちのめしたヤツが、役人の息子でさ」
 ツキミが、苦笑交じりに言い、肩をすくめた。その反応がどこか新鮮で、ナユトは一瞬目を細めるが、すぐに視線をそらす。
 彼らは間もなく、大きな通りに出た。荷物を運ぶ、やはり右手に紋章を刻まれた少年少女たちの奇妙な目から逃れるように歩くスピードを上げた。レモと名のった最年少の少年が転びかけて、ホナミに手を握られる。少女のほほ笑みに安心した顔を見せ、レモは遅れずに歩き続けた。
「町の連中も、やっぱりあたしたちと同じか」
「ここにいるのはぼくらと同じ、子どもの咎人だよ。大人は、とても少ない」
 金髪の少年が、小声でツキミに説明した。
「この町のみんなは、あちこちを回るぼくらをうらやましく思ってるかもしれないね。でも、ぼくは、囚人列車より、地に足をつけて落ち着いて生活できるほうがいいと思うんだ」
 囚人列車。その単語の意味を問いかけて、ツキミは口を閉じた。その単語を表わす存在が、丁度視界の中に滑り込んできたためだ。
 駅、とも言えない、木製の段に屋根がついただけのプラットフォーム。半ば砂に埋もれた青い道の上に、もともとは純白だったのだろう機関車に引かれた、側面に赤いラインの走った汚れた列車が停止していた。
「囚人列車とも呼ばれる、砂上列車〈スカーレットウィンド〉だ。砂上列車って言っても、実際に砂の上を走るわけじゃないけどな」
 説明しながら、ナユトは段の端の坂を登り、左右のスライド式ドアが開け放たれたままの列車横の入口をくぐる。
 内部は薄暗く、荷物が並び、少々狭かった。壁際から鋭い視線を投げかけてくる少年たちの存在が、新米たちにさらに窮屈な印象を与える。
「オレたちはここで。ナユト、ちゃんと仕事をこなせよ」
 ホナミに投げ飛ばされて以来黙り込んでいたグレスが、列車内に入るなり、イシュタを連れて集団を離れた。
「ナユト、ぼくらも行くよ。リーダーによろしく」
 どうやら、新人たちの案内はナユト一人に任されているらしい。少年たちが、次々と別の車両に移っていく。
 ナユトも、それにかまわず、先頭車両に向かう。まだ状況に慣れていない新米たちは、物珍しそうに各車両内を見回しながら、ただただ案内役の少年の背中を追った。
 何度もスライド式のドアをくぐり抜け、やがて、他の車両とは内装が大きく異なる空間に出る。
 そこは、ホナミやツキミらがこの惑星に来てから見た場所で、もっとも文明水準が高そうだった。コンソールが並び、前面と左右の壁が窓になっている。窓の外では、なだらかな赤い砂漠の景色が流れていた。


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