#DOWN
終結 ―遠い〈記憶〉の彼方―(6)
「ここはどうやら……仮想現実の在り方を規定する部分が弱いようですね。だから、我々の意識の影響で変質する」
説明して、シータは少女に向き直った。もっとも、この相手には説明など不要だという気もしていたが。
周囲の壁より鮮やかな、美しい銀髪を背に流した少女は、何かを探り当てようとするように、クレアトールを真の名とする少年を見上げていた。
「ここは現実ではないもの。あり得ないことを信じるのもたやすい」
「ずいぶん自信がありそうですね」
お互いに、別のことを気にしながら、それを避けるようにしてことばを交わす。
空気が構成するのは、いつ崩れるとも知れないような、危うさ。視線をそらすこともできない。
「現実が、一番ありえないことだったから。だから、進もうと思えば簡単に進める……でも、行かせてあげない」
一人が進もうとしても、一人がそれを望まなければ、どうなるか。
「……意地悪をしないでください」
より、意志の強いほうが優先されるはずだ。シータには、自分の意志力がリルに勝るという自信がなかった。そして、リルは負けないと思っているに違いない――その予想自体が、勝敗を決めていた。
「わかってるんでしょう? そろそろ、決着をつけましょう、クレアトール」
不意に、リルが横を向いた。
世界が変貌する。少女の意思に従って。
「仮想現実に人々が移って、間もない頃だったわね」
語りかけるように、彼女は言う。
「あの頃は、まだこの世界は混沌としていた……管理体制も確立してなかったし、仮想現実に対応できない人、現実世界での絶望を引きずる人も多かった。あたしの母親もそうだった」
変容した世界の一部が、少女の記憶を模して動き出す。
広大なホールに、多くの人の姿があった。皆、不安をあらわにして震え、あるいは手を取り合い、涙で頬を濡らしている者も少なくない。
ホールの壁にはめ込まれた巨大なスクリーンに、現実世界の凄惨な映像が映し出されていた。いくつかに砕けた小惑星の欠片が降りそそぎ、大地が燃える。都市は一瞬で形を失い、空は厚いチリの雲に覆われ、それも、大部分が真っ赤に染まっていた。
丘に咲く花が枯れていく。逃げ惑う動物はすぐに炭と化し、熱や衝撃から逃れたものも、のた打ち回って死んだ。
文字通りの、世の終わりだった。
それを目にして、銀色の髪の女が、長椅子からずり落ちるようにして倒れる。
「お母さん!」
母と同じ色の髪の少女が、急いでしゃがみこむ。
周囲の人々にも、絶望は浸透していた。どこも似たような状況で、他人を頼ることなどできそうにない。
母親は、弱々しく、娘の背中に手を回そうとする。
「ごめんね、リル……」
それが、少女が聞いた、母親の最後のことばだった。
まるで、幻のように。
雑然とした風景の中にふっと現われた少年が、手を差し出すような仕草をする。
がくり、と女の首が後ろに垂れた。細い、赤い筋が、白い首筋から垂れていた。
「え……?」
何が起きたかわからない様子で、少女は母の顔を見る。
目は閉ざされ、顔は雪のように白い。表情は、どこかほほ笑んでいるようにも見えた。その頬に、少女は手を伸ばす。
「……お母さんっ!」
肌は、すでに冷たくなっていた。やっと、触れた身体がもう動かないことに気づいて、彼女は何度も相手を呼んだ。呼んでいるうちに、その目から涙があふれ、母の胸を濡らした。
彼女が顔をあげたとき、ぼやけた視界の中に、少年は存在しなかった。
「あたしは、この世界に慣れて間もない頃から、あなたを捜し始めた」
リルの記憶を再現した光景が、セピア色に染まっていく。
「やがて、その名が多くの人にしられるようになった、クレアトール……その特徴から、あなただとわかった。あたしは捜し続けた」
「復讐のために?」
淡々と話す少女に、シータは憂いを帯びた目を向ける。すべてを覚悟している、受け入れようという目。
先に視線をそらしたのは、リルのほうだ。
「そう、あたしは、あなたを殺すために捜していたの」
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