#DOWN
決意 ―背神者たちの〈追走〉― (11)
広い部屋の中心に、黒い灰のようなものが積もっていた。部屋自体もあちこちが黒く煤け、あちこちがひび割れている。
ファイヤードラゴンの巨体は、存在しない。命を失った魔物は、灰と化して消える運命だ。
「みんな、大丈夫?」
剣の刀身を研いていたクレオが、そろそろ準備が整ったと見て、周囲を見回す。
ステラの魔力の温存のため、皆は、ルチルが買い込んでいた回復薬で生命力を回復した。ただ、ステラはドラゴンとの戦いでも魔法を使い続けていたにも関わらず、まだ平然としている。リルとシータも同様だ。
「レベル三〇と四二はともかく、リルもかなり凄そうだね……さっきの魔法なんて、確か高レベルなヤツだよね」
「そうかしら?」
興味津々できくルチルに、ウィッチの少女は気のない返事を返す。
「レベル二〇以上って聞いたけど、実は二九とか?」
「かもしれないわね……でも、レベル二一でも、四〇でも、レベル二〇以上には違いないわよ」
クレオの問いにいたずらっぽく答え、目を丸くする剣士と盗賊の顔を見ることもなく、少女は歩き出す。最上階へ向かう、階段へ。
「行くか」
レベルを聞き出すのをあきらめ、クレオはつぶやいた。
再び、彼とシータがステラの車椅子を持ち上げ、階段を登る。その前後を守るように、ルチルとリルが歩く。
「ねえ、ステラ」
階段は長くない。近づく、重々しい扉を見ながら、クレオはささやく。
「もし自分の身が危険になったら、他の人より、まず自分を守っていいんだからね? オレたちは何とかできると思うから」
ドラゴンとの戦いでは通路に退避できたものの、今後、そのような隠れ場所があるとは限らない。ない場合のほうが多いに違いなかった。
ステラはうなずきながら、静かに少年の目を見返す。
まるで何もかもわかっているようだ、と、クレオは思う。彼女と同じ色の髪のハンターの目と、どこか似ていた。
ステラを手にかけるのも、自分かもしれない。
ふと、そんな思考の断片が頭に浮かびかけ、無理矢理追い出す。
「ああ、やっぱりこれはあたしのモノにはなんないのね」
登りきったところで、ルチルが、一階で手に入れたメダルを取り出す。
分厚そうな扉には、文字が書かれていた。その文字列の途中に、丁度メダルが収まりそうな大きさの、円形のくぼみが空いている。
扉の前に一列に並び、それぞれの武器をいつでもかまえられる態勢で、危険回避能力の高いシーフマスターがメダルを握る手をくぼみへと伸ばす。
『やっと来おったか、冒険者たち』
突然声が響き、緊張していたクレオたちは、思わずビクッと身体を震わせて驚いた。
「ちょ……脅かすなよ、おっさん!」
『やれやれ、おっさんはないだろう。一応心配していたのに』
驚いた反動で怒りの声を上げる剣士に、塔の出入口で聞いたのと同じ読唇者の声は、溜め息をつくような音を交えて応じる。
『まあ、辿り着いたようで良かった……着くとは思っていたし、着いてくれなければ困るがな。しかし、この先はどうなっているか、ようとして知れん。わたし以外のハッカー連中も、何人も侵入していることだしな。覚悟はいいか?』
逃げることは許されない。読唇者の声には、そんな響きがあった。
クレオは、それぞれの顔を見る。
平然と、扉の向こうを透かし見るかのように正面を向いているリル。
挑戦的な笑顔で、親指を立てて見せるルチル。
穏やかなほほ笑みを浮かべて見上げるステラ。
そして、これから起こることを確かめようと、強い意志の宿る目で見返すシータ。
全員が、無言でうなずきを返してきた。
『頼むぞ、若者たち』
読唇者が、彼らの答に安心したような声を出す。
「あんたのためじゃないけどね」
ルチルが苦笑し、メダルをくぼみにはめた。
「ここまで来て、引き返す手はないでしょ」
くぼみで途切れていた文字列がつながり、字が赤く輝き始める。同時に、地鳴りに似た音が響き始め、扉が、奥に向かって開いていく。
閉ざされていた空間が解き放たれる。塔の外観と同じ色の石造の空間に、円形の、一段高くなったステージがしつらえてある。周囲には石柱が並び、四隅に掲げられた大きな玉石が、室内を明るく照らしていた。部屋の左右には、通路の出入口がある。
見覚えのある部屋。塔の主である、魔女の部屋だ。
しかし、いつも出迎えるはずの、魔物を従えた魔女はいない。ステージ上にいるのは、三人の男だった。
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