#DOWN
決意 ―背神者たちの〈追走〉― (10)
「ヘイルストーム!」
再びクレオに炎を吐こうと口を開く竜に、ウィッチは無数の氷の矢を吹き付ける。鱗のいくつかが凍りつき、ひび割れた魔物の首が、小柄な少女の姿にめぐらされる。
「ほら、クレオ、今のうちに!」
ルチルがナイフを投げ、シータが矢を放つ。さらに注意を別の方向に引かれ、竜は混乱したように床を踏み鳴らし、巨大な翼をはばたかせた。翼の前後に強風が吹き荒れる。
正面から巻き込まれたら、体重の軽いリルなど吹き飛ばされるに違いない。彼女は身を低くして、転がるようにしてドラゴンの横に脱出する。
「リル、こっち向かせて!」
竜の顔を振り向いてステッキをかまえる彼女の後方から、ルチルの指示が飛んだ。その狙いを察知して、彼女は叫ぶ。
「クレオ、伏せて!」
続いて、石の床を踏みしめ、彼女は高レベルな魔法の名を告げる。
「シャイニング!」
まばゆい光が、一瞬部屋を満たす。
ドラゴンが咆哮した。その半身が焼け焦げ、ジュッと白い煙を噴き上げる。肉が焼ける嫌な臭いが鼻をつく。
かまわず、リルは壁際に退避する。
ファイヤードラゴンが振り返ると、通路から少し出て、ルチルとシータが動く。
「当たれ!」
祈るような叫びとともに、魔法で強化されたシーフマスターのナイフが飛ぶ。その横からは、ハンターが蒼白い光の尾を引く矢を放つ。
二人の腕は、確かだった。ナイフも矢も、狙い違わず、ドラゴンの左右の目をつらぬく。
再び、獰猛な咆哮が空気を震わせる。
鼓膜が破れそうな空気の振動に、リルは耳を塞ぐ。天井は細かい砂を振り落とし、きしんだ音をたてた。
今にも崩れそうな天井に向かって頭をもたげ、声を響かせていた竜が、不意に、壁際に突進して炎を吹き散らし始めた。その顎は、まず、視力を奪った元凶である二人に向けられる。
「くっ」
左右に避けようとするが、二人は、床の振動に足を取られる。その後ろからステラがかけた防御魔法が、見えない壁で炎を遮った。
竜はそのまま炎を吐きながら、ドスンドスンと重い足音を響かせ、床に膝をついたルチルとシータに迫る。
リルが走り、二人の前に滑り込もうとした。
しかし、彼女が辿り着く前に、巨体は前進を止める。
「二人とも、大丈夫?」
クレオがドラゴンの脚に斬りつけ、巨体の向こう側から叫ぶ。進行方向とは逆からの攻撃で痛みを感じたドラゴンは、身体の向きを変える――かに、見えた。
だが、実際にドラゴンが次に取った行動は、翼による暴風攻撃だ。相手の位置がわからないなら当たりやすい広範囲攻撃を選ぶ、というだけの知能はあるらしい。しかも、全員が強風の煽りを受けやすい前後にいた。
「痛っ!」
離れた通路にいたステラ以外の四人が、四方の壁に叩きつけられる。
吹き飛ばされながら体勢を立て直したリルは、足から壁に着地し、床に降り立つと、素早く周囲を見回した。
彼女の左側の壁にルチルがもたりかかり、血が流れ落ちるる額を押さえ、首を振っている。通路を挟んで右側では、膝をつきながら、シータが杖に持ち替えていた。
ステラは一番自分から遠い、そしてドラゴンに一番近い場所にいるクレオに治療魔法をかけた。ファイヤードラゴンは剣士に顔を向け、長い尾を振って背後を牽制する。
「エアーファング」
シータが風の刃を放つ。
コウモリのような翼が切り刻まれ、竜がまた、重々しく吼える。
クレオたちもダメージを受け、魔力も減ってきてはいるが、一方のファイヤードラゴンも、見るからに弱っていた。あと少し、と、少年剣士が剣を握り直す。
「クレオ、頼むよ」
リルが淡々と言い、ステッキを振るった。弱まりかけていた剣の魔力の光が、蒼白く刀身全体を包む。
「あなたが決めてください」
最上階での結末を予感するように、どこか寂しそうなほほ笑みを浮かべ、シータが杖を掲げて言う。クレオの愛剣の刃が、炎のような蒼白の光を燃え上がらせる。
最後に、無言で、ステラが錫杖を掲げた。ことばはなくとも、彼女の笑顔は、それ以上のことを物語る。
「ヒーローらしく、ちゃんと決めなよ」
ルチルが血を流しながら、明るい笑顔を向ける。
ヒーロー。英雄。勇者。
その役目を演じなければならない。ヒーローらしくなければならない。
両親や、彼に期待をかけた多くの大人たちも口にしたそのことばを胸に刻みつけ、少年は疾走した。
「はああ――」
頭をもたげるドラゴンの頭上に、彼は跳ぶ。全身の力を使って。
「――ああっ!」
視界の隅に仲間たちの姿を捉えながら、彼は剣先をドラゴンの大きな額に向け、体重を乗せた一撃を振り下ろした。
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