#DOWN

魔術師たちの決闘(3)

 翌朝、彼女は早速、宿屋からそう遠くない図書館を訪れる。想像以上に大きな建物に、想像以上に多くの書物が収められていた。
(凄い。世界一、かもね)
 シゼルが嘆声を洩らす。
 セティアは、カウンターの向こうに座っている、少し眠たげな顔をした女性に声をかけた。
「凄い数の本ですね。この街には、出版社も多いんですか? それとも、すべて貿易で買い付けてるとか」
 その問いに、司書の女性はあくびを噛み殺しながら答える。
「いいえ。実は、これみんな、ある人物からの寄贈なの」
「寄贈? 一体誰が……」
「それが、わからないの。毎月、いつの間にか裏口の前に本が積んであって、〈人々へのプレゼント〉というメモが残されているだけで」
「そうですか。ありがとうございました」
 わずかな間を空けて礼を言い、セティアはカウンターを離れた。
 早朝ということもあってか、利用者は彼女の他に、二、三人というくらいだった。館内が広いので、他の利用者が視界に入ることはまれである。
 セティアはしばらくの間、シゼルにせかされるがままに、小説や旅行記を本棚から取って開いていた。大きな四角いテーブルの隅に座り、ページをめくっていく。
(色々なジャンルの本があるね。寄贈してくれる人はお金持ちなんだろうな)
(貿易商とか? それにしても……)
 頭の中で答えて立ち上がり、セティアはある一角に並ぶ本棚群に近づく。そこに収まった本は、どれも限られた人間のみが読む、魔法書だ。
(街の図書館に、こういう本をたくさんプレゼントするだろうか……)
 彼女は、魔法書の集まった本棚の周りを歩き始める。そして間もなく、その範囲の大きさに気づいた。
 魔法書は、館内の本棚の、じつに三分の一近くを占めていたのだ。魔法書は、当然のことながら、一般の書籍に比べて種類も発行部数も少ない。ずいぶん重複もあるだろうが、それでもこれだけ多くの魔法書を集めることはかなり困難だろう。
 一冊を手に取り、分厚い表紙をめくってみる。セティアも見覚えのある内容の、有名な基礎魔術の本だった。
(そっちにあるのはエノク語辞典……あ、あれはネクロノミコンだね。本当に色々そろってるね)
 セティアが使うような黒魔術に縁はないものの、魔法に関する知識はそれなりに持っているらしいシゼルが、おもしろそうに言う。
 本をパラパラとめくり、最後のページに行き着いたセティアは、後付を見て眉をひそめた。
「おかしいな……」
 ボソリとつぶやくのを、シゼルだけが聞いている。
(どうかしたの?)
「ああ、あるべきものがないんだ」
 答えて、手にしていた本を戻し、別の魔法書を取って開く。今度は中身は見ずに、最後のページの後付を開いた。作者や発行年月日、出版者の名前などが記されている。一見、普通の本にもある後付と変わりない。
 だが、そこには確かに、彼女が求めるものは無かった。
(どうしたの?)
「魔法書には、必ず封印の法紋が描かれているはずなんだ。ここで誤って魔族を召喚したりすることのないようにね。あるいは、それに加えて図書館自体にも封印を施しておくのだけど、それもないようだし」
 説明しながら、もう一冊取って、開いてみる。その本にも、封印の法紋は無かった。
(それがないと、どうなるの?)
「普通、色々と悲惨な事件が起こるはずなんだけど……。ここは、そういうこともなさそうだな」
 本棚の間から出てカウンターに目をやると、司書の女性があくびをしながら分厚い本のページをめくっていた。

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