#DOWN

魔術師たちの決闘(4)

 結局宿に二泊したセティアは、町に来て三日目の朝、街を出た。丘の上に続く道を登りながら、昨日読んだ本のことを考える。
(やっぱり、あの小説が一番おもしろかったな。あの、人形たちが冒険する話)
「そうかい? あれは現実味がなさ過ぎるよ。わたしは、魔術師ローバンの実験録かな」
(そんな、色気の無い……)
 不意に、セティアは立ち止まった。シゼルも、ただならない雰囲気を感じ取る。視界が西の山を捉え、そして、その上空に舞った黒い影が近づくのを追った。
 黒い影は、大きなコウモリだった。それは、数メートル前までやってくると、形を変える。
(うわっ、何?)
 現われたのは、黒いマントをまとった、三〇歳半ばくらいの、きつい目をした男だった。その外見と雰囲気、周囲を包む魔力から、魔術師であることは明らかである。ナナカマドから掘り出したらしい杖は漆黒に染められていた。
 男はセティアをにらみつけ、杖の先端を突きつける。
「わたしの力の礎になるがいい!」
 杖の先に赤い点が生まれ、間もなく燃えさかる炎の球となった。セティアは眩しさに目を細めながら、後ろに跳び退いた。
 火球は、放たれたと同時に吹き消された。男はわずかに表情を変えながら、呪文を唱える。
「マーク・アマンよ、盟約に従い、その怒りをここに示せ!」
 青白い光が閃いた。火花を散らしながら、きらめく舌が伸びてくる。
「死ねえ!」
 狂気の形相でにらみつける男の前で、セティアは動かない。ただ、電撃がその肌に触れようとすると、薄い液体の膜が彼女を包み、攻撃を遮った。
 そして、一瞬膜の一部が厚くなったかと思うと、爆発が起きた。
 男が、噴出した蒸気に包まれ、姿を消す。
 蒸気が消えたとき、そこには折り曲げられた杖と、黒いマントの切れ端が残っているだけだった。
(山の魔術師……?)
「そうみたいだね」
 セティアは、何事も無かったように平然と言った。そして、襲撃者の残骸には目もくれず、再び丘の上の道を歩き始める。
 道は、徐々に上へと向かっていた。トンネルのような木々の間をくぐりながら、セティアはふと思いついたように言う。
「本を寄贈していたのは、あの男だったのかもね」
(どうして?)
「町を混乱させることができるはずだ。いや、できなかったのだけど……」
 溜め息交じりに付け加えて、木々のトンネルを出る。ほんのわずかだが暗い場所にいたため、太陽の光がまぶしい。周囲は遮るものがなく、青空と草原を区切る地平線がはっきり見えた。
 目が慣れてくると、セティアは町のほうを振り返った。円形の城壁に囲まれた街を見渡すことができる。
 その街並みに、セティアとシゼルは驚いた。
(なるほど……凄い芸術だね)
 少し間をおいて、シゼルは静かな声で言った。
「偉大な魔術師の業、でしかありえないね」
 うなずき、自身高名な魔女は、賛辞を送った。
 家々が並び、通りが四方にのびた街並み。
 そのあちこちに、白い点が打たれていた。そして、その点はある形を描いている。それは、魔法から対象を守るという、封印の法紋のひとつだった。
 セティアはしばらくの間、町を見下ろしていた。だが、やがて地上から視線を外し、歩みを再開する。
 街が木に遮られて見えなくなる前に、彼女は一度だけ、振り返った。
「最高の芸術は、最高の魔法にもなるってことさ」

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