クグツガリ

 休日の昼は晴天に恵まれ、日々あたたかくなってきたそよ風が、見せつけるように桜の枝を揺らした。
 桜吹雪の下、大治は旧友たちとともに杯を交わしている。
「もう、お祖父ちゃん、真っ昼間から飲み過ぎないでよ」
 光江と一緒に料理を載せた盆を運ぶ美佐子があきれたように声を掛けると、大治は酒瓶を片手に、わかったわかった、と機嫌よく請け負い、
「ほら、静見も一杯やらんか?」
 と、縁側に座る浴衣姿に声を掛けるものの、ますます目を吊り上げる孫の顔を見て引き下がる。
「ゴメンね、お酒臭くて」
 盆を持ってきた美佐子が黒猫とエビフライをめぐってにらみ合う竜樹に声を掛けると、少年は、虚をつかれたように目を丸くした。
「あ、ああ。オレはべつに平気だから」
 明後日の方向を見ながら答えるうちに、九虎丸が皿からエビフライを奪っていくのにも気がつかない。
 彼が目を合わせないことを美佐子は不思議に思うが、竜樹はさらにことばを続ける。
「それにしても……良かったな。無事に戻ってきて。安心した」
 そむけた顔の頬が、ほのかに赤く染まっている。
 それが、美佐子にはとても嬉しいことのように思えた。
「うん。ありがとう」
 新しいエビフライの皿を置いて立ち上がったところで、視界を何かが横切り、美佐子はようやく遅くまで寝ていた桐紗が起きたことに気がつく。
「桐紗ちゃん、今、ご飯持ってくるから」
「ああ、ありがとねー」
 眠い目を擦りながら、桐紗は弾んだ足取りで台所に急ぐ美佐子を見送った。
 次に、彼女の目は縁側の端に向く。皿をそばに置いたまま、料理には余り手をつけていない様子で、ぼうっと桜を眺めている相手に。
 ――きっと本心は、早く寝たいに違いない。
 そう思いながら桐紗が歩み寄っても、相変わらず、静見は反応しない。
「あんたわかってたでしょ、あたしの正体」
 単刀直入に言う。
 傀儡狩りが傀儡の気配に気がつかないはずはない。静見は公園で出会ったあの夜から、桐紗が傀儡であることに気がついていたはずだ。
「狩らなくていいの?」
 わざと、茶化すように尋ねる。
 聞いているのかいないのか、しばらく微動だにしなかった静見だが、やがて、あくび交じりに口を開く。
「儂は、傀儡を狩るために傀儡狩りをやっているわけではない」
「じゃあ、何のためさ」
 誰よりも多くの傀儡を目にしてきた青年のことばに、桐紗もあくびをしながら、となりに座る。
「さあな……何のためだったか。忘れたよ」
 言って、静見は少し、ほほ笑んだ。



                                      《了》

< 前項