クグツガリ

倉木デパート 一

 昼休みを告げるチャイムが鳴ると、教室内の生徒たちは昼食をとるために思い思いの場所に移動し始める。一階の玄関前にやってくる売店に買いに行く者も少なくないが、生徒の半分は弁当持参か、登校前にコンビニで買っておく。
 神代美佐子と矢内桐紗は毎朝コンビニで昼食を買っていた。少しでも光江の負担を軽くしようと、弁当を断ってのことだ。
「あたし、これ好きなんだー」
 デザートのイチゴミルクプリンを前にして桐紗は満面の笑みを見せる。
「そーいや、昔ここの近くにお婆さんが一人でやってる商店があってね。そこで売ってる手作りのプリンとかゼリーがおいしくってさ。凄い人気あったんだよ」
「へえ……
 と、弁当に入っていたウインナーを箸でつまみながら言ったのは高木奈美だった。彼女と美佐子、桐紗が机の端を合わせて一緒に昼食をとっている。
「桐紗ちゃんってほんと、この町のことに詳しいねえ……
 と気のない返事をしてウインナーを口に入れたあと、急にメガネの奥の目が見開かれる。
「それひゃあ、あれ知ってふ? あの家んこと」
「奈美、汚いよ……
 美佐子が声をかけると、慌てて口の中の物を飲み下そうとしてのどに詰まらせたのか、奈美は咳き込んで胸を叩く。
「そんなに慌てなくても、美味しいデザートは逃げないよ」
 桐紗が苦笑して飲み物を渡してやると、それを飲んで、ようやく落ち着いた。
「そうじゃないのよ、この学校の近くにある不気味な家のこと! 何か事件があって以来、ずっとそのままにされてるらしいけど」
 身をのり出す彼女の勢いに、周囲のクラスメイトたちも視線を向けてくる。
 しかし美佐子は別のことに気を取られていた。
 ――きっと、あの家のことだ。
 もう二度と近づかないと誓ったあの家。桐紗が転校してきた日に初めて傀儡を目にした、あの場所。
 そのことに、当然ながら桐紗も気がついたらしい。彼女はわずかに顔をしかめる。
「ああ……事件があったって家ね」
「新聞を調べたら、父親一人娘一人の家で、ある日親戚の人が訪ねたら、二人とも庭で惨殺されていたとか書いてたけど……犯人はまだ捕まっていないって」
 これは美佐子にとって初めて聞いた話だった。のどかな町なので、何か事件などがあれば大抵は古くからこの町に住む神代家には伝わる。知らない事件があったことが少し意外だった。
 とはいえ、異質な事件に強い関心を持つ奈美に比べ、日常と関わりのないことにはあまり関心を持たない美佐子が過去の事件を完全に忘れていたとしても無理のないことだ。
「ああ……あれはずいぶん昔のことだからね。五〇年は前のことだよ」
 桐紗のことばで、美佐子は自分に事件の記憶がない理由を知った。それと同時に、そんな昔の事件まで掘り出してくる奈美に少しあきれる。
 しかし当の本人は至極真剣な表情で、
「両親とかお祖父ちゃんお祖母ちゃんに何か聞いてない? その事件、詳しいことが警察でも口止めされたとかで、まともな記録も残ってないのよ。噂じゃ、その家からは夜な夜な不気味な悲鳴が聞こえてくるとか」
 少し困ったような、普段は見せない暗い表情の桐紗にもためらいなく問いかける。動機は趣味のためでもそれだけに奈美の『知りたい』という思いは純粋で、強く真剣なもののようだ。
 桐紗は少し間を置いて、奈美に負けじと真剣な表情で応じた。
「あたしも、人づてに聞いただけだからねえ……凶悪犯が町に紛れ込んだんじゃないかってウワサはあったけど、あとはその新聞に書いてたのと同じことしか知らない。そのあとの妙なウワサとかは、みんなの方が詳しいだろうし」
「そうかー」
 もう少し情報を期待していたのか、奈美は残念そうに息を吐いてから前のめりになっていた上体を戻す。
 美佐子はこれでこの話は終わりだろうと思っていた。なので唐突に全然別の方向から反応が続いたことに少し驚く。
「ねえねえ、そこってどんなウワサがあるの?」
 同じ年ごろの少年少女たちの中には怪談を好む種類の人間も多い。中でもクラスメイトの酒井由里は、『怪談クラブ』というサークルを作って月に一度は仲間と集まっているほどの怪談好きだ。
 オカルト好きの奈美も当然の成り行きとして由里のサークルの一員になっていた。彼女はスカートのポケットから、びっしりと何かが書かれたメモ帳を取り出す。
「今のところ確認されてるのは……夜に女の声が聞こえるってのと、たまに庭でカラスが死んでるのが見えるってことくらいか。入るのは楽そうだけど、あまり面白そうじゃないかな」
「ちょっと、あそこに肝試しにでも行くつもり?」
 桐紗が顔色を変えた。その否定的な色の強い声に、周囲の視線が集中する。
「べつに無理に止めようとは思わないけどさ。あそこは危険だからやめておいたほうがいい。幽霊が出そうとか、雰囲気が怖いとか、そういう意味の危険じゃないよ」
 未だ正体不明の凶悪犯が事件を起こした家だ。余り現実的ではないが、もしかしたらまだどこかに犯人が潜んでいるかもしれない――という想像もできる。
 そうでなくても、スリルを好むとはいえ忠告を聞く耳は持っているらしい少女たちは、転校生のことばに従うことにしたようだった。いつもは笑顔の多い桐紗の表情は、無視できないほど真剣だ。
「そうね。それじゃ奈美ちゃん、明日の探険は、予定通りデパートってことで」
 場を取り繕うように笑顔を見せてから、由里は逃げるようにA組の教室を出て行く。
「週末の連休は、デパートに肝試し?」
 昼食で出たゴミを片付けながら、美佐子は親友にあきれの口調できく。
「そ。土曜の夜、駅の裏の方にある、倉木デパートっていう古いデパートに行くの。十年前に閉店になってずっと放っておかれてるんだけど、たまに窓からぼうっと光る女の人の影が見えるんだって」
 メガネの奥の大きな目を輝かせて語るさまは、まるで夢見る乙女のよう。語る内容は、乙女という単語とは結びつかないようなものだったが。
 美佐子はあきれながらも、友人の趣味に口出しはしないことにしていた。彼女自身はできるだけいわくありそうな場所には近づかないことにしているので、それを知る奈美も無理に誘ったりはしない。
「まったく、相変わらず困った趣味をお持ちだねえ」
 桐紗もあきれたようにぼやきながら、至福の表情でプリンの最後の一口を飲み下した。

 少しずつ闇を押しのけて肥え太ろうとしているかのような月が、冴え冴えとした光で夜の街並みを照らしていた。
 アスファルトの上で爆音が続けざまに鳴るが、脇に並ぶ家から異変を感じた者が出てくるような気配はない。異質なるものの立てる音は、多くの人間の耳には届かない。
 それに、周囲には不可視の結界が張られていた。ある種の存在が仕事を行うとき、その仕事が円滑に行えるように宙に編み上げる壁だ。
 ある種の存在――傀儡狩りの、狩場。
 爆音につられたように、虫の群が集まってくるような不気味な音をたてて、白い姿が物陰から湧き出してくる。
 生き物のそれとは決定的に異なる輝きを宿した目が七対、見ているのかどうかもわからぬまま、それをただ自分たちが作る輪の中心へ向けている。
 中心には、人間がいた。
 色素の抜け落ちたような肌と濁った目を持つ傀儡とはまったく違う、色彩のある人間だ。藍染の浴衣を適当にまとった姿は、周りを囲む化物にも恐怖など微塵も感じていないように視線を横に動かす。
 だらりと垂らした右腕の人さし指が、小さく動いた。
 ふたたび、連続する爆音。人ならざる、人に似た不気味な化物たちが、白い煙となって夜闇に散っていく。
 それを見届け、青年は目を閉じて気配を探る。すると彼は急速に背後に近づく存在を感じた。
 振り返って鋭い視線を送るそこに現われたのは、警戒する相手としては、少々場違いな姿だった。
「そっちも終わった? 静見ちゃん、お疲れー」
 平然と歩み寄ってくるのは、薄手のパーカーにジーパンの少女の姿。ただ、右手にした短刀だけが、ひどく異質に見える。
 静見はあきれたように、すでに見慣れた姿から視線をそらして肩をすくめた。
「このような夜中に出歩くとは酔狂なことだ。傀儡狩りなど、ひとつの町に二人もいらん。家で寝ておれば良いものを」
 人の負の感情をエサとしそれを増幅することを本能とする傀儡を狩る者は、傀儡の気配がある町には必ず一人はいる。しかし二人以上そろうことはまれだ。
「こうやって仕事してた方が何か面白いことが起きるかもしれないし、いざってとき、戦いの勘が鈍らないと思わない?」
 桐紗は同意を求めるように言うが、静見は眠たげに空を見上げているだけでそれに応じようとはしない。
「それに、さ。あたしら、野良傀儡狩りだからひとつの町に一人の派遣システムなんて関係ないじゃん。あんたの名前、楽駕神社の傀儡狩り名簿になかったよ」
「野良傀儡狩り、か」
 ほとんど聞き流しているように見えた静見だが、そのことばは気に入ったらしい。
 なぜ桐紗が傀儡狩りの名簿を眺める機会を得たのか、その機会を得ながらなぜ野良傀儡狩りなのか、静見は訊こうとしない。桐紗も、静見の事情について追究することはなかった。お互い、他人に言えない事情あっての〈野良傀儡狩り〉だ。
「ともかく、儂はお前さんのやることに口出しはしない。そちらもこちらの邪魔はしないことだね」
 両手を袖に入れ、神代家の方向に歩き出す。
 帰るべき場所は同じだ。木片に戻った短刀を懐に入れ、前を行く背中から少し距離を置いて、桐紗もついていく。
「そう言えばさあ」
 歩き出して間もなく桐紗は気軽な調子で切り出した。
 静見はいつものように、聞いているのかどうかもわからない表情も歩調も変わらぬ様子で歩き続けるが、同じくらいにマイペースな桐紗も気にせずに話し続ける。
「倉木デパート、って知ってる? 明日の夜、クラスメイトが季節はずれの肝試しを決行するらしいんだけど」
……倉木デパート?」
 静見が足を止め、わずかに身体を後ろに向ける。
「さすがにあたしも、この町における最近の傀儡出現スポット、とかはよく知らなくってさ。つまり……あの橋の件もあったし、危なそうなら止めようかと思ってるわけで」
 相手の反応をうかがうような少女のことばに、一応真面目に受け取っているのか、青年は少しの間考える素振りを見せたあと、急に引き返し始める。
「あの辺りに傀儡の邪気は感じないが、もし芽があるというなら、摘んでおいたほうが良かろう」
「え、今から行くの?」
 桐紗は目を見開き、少し嫌そうな顔をする。
「肝試しとやらは明日の夜なのだろう? 昼間に潜入することなどできんし、儂が事前に動けるのは今夜だけだ」
 ――危険があるとしたら、それを事前に排除しておけばいい。
 実に単純な理論である。
 静見の言いたいことはわかるが、目的地のある駅の裏通りまでの道のりは夜の散歩にしては遠過ぎる。しかもすでに一仕事終えたあとなのだ。
 身体より気分的に疲れを覚える桐紗に静見は、
「嫌なら、大人しく家に帰って寝ておれば良いだろう」
 と言うが、自分が言い出したことでデパートに向かっているのを放り出して一人で帰る気にはならなかった。
 ――一応、あたしも人々の暮らしを守る傀儡狩りだしねえ。
 怖い物好きのクラスメイトなど放っておけば良かったかも、という考えもよぎるが、何の報酬もなく夜の町を守る傀儡狩りは基本的にお人好しなので仕方がない、と開き直る。
 静見も彼女と同じ種類の人間だ。正体がわからなくても、そういった部分では信頼していた。静見の側が彼女をどう考えているのかはまったくわからないが。
 その静見は淡々と仕事をこなすつもりと見え、ときどき桐紗が口にする質問とも独り言ともつかないことばに反応せず、踏切を渡って駅の裏通りに目的地を見つけるまで、同じペースを保って歩き続けた。
 倉木デパート。
 壁の薄く消えかかった黒い文字がかろうじて読み取れる建物は、五階建ての一般的な長方形のビルだ。
 建物の側面に設置された非常口の階段を登りドアに手をかけると、鍵がかかっているわけでもなく、簡単に押し開けられる。
「無用心だねえ。不良のたまり場にでもなりそうな感じだけど……
 言いかけて、中を見渡し、桐紗は納得する。
「不気味過ぎて誰も近づかないのかね」
 商品はないものの、棚やマネキンなどは開店していた時代にあったそのままにされているようだった。棚の金属に反射した月光が白いマネキンたちを不気味に照らす。
 窓から見える女の姿というのも、案外マネキンを見間違えたものかもしれない。そう思いながら桐紗は窓に歩み寄り、下を覗いてみる。
「不気味だけど、それだけみたいだねえ。絶好の肝試しスポットかも」
「傀儡の気配はない。いわゆる霊はいくらかいるが、どれも人間に害をなすようなものではない。放っておいてかまわんだろう」
 周囲を見渡していた静見が、桐紗に同意する。
「へー、霊も見えるんだ。あたしは傀儡は見えるけど、そういうのは見えないんだよね。除霊とかもできるの?」
「できても、それは傀儡狩りの仕事ではあるまいよ。他人の仕事を奪うこともなし、緊急性も特段の害もないものならば、放っておくが最善」
「不親切ー」
 からかうような桐紗のことばに、静見は「面倒臭い」とだけ答えて、来て間もない道へと引き返していく。
 無駄足だったことでさらに疲労感が増したような気がするが、否、これはきっと安全確認として必要なことだったはずだ、と思い込むことで曖昧な満足感を覚えつつ、桐紗は振り返ることもなく歩き続ける青年傀儡狩りを追った。
 ――ともかく、あとは帰って寝るだけ。
 桐紗だけではなく、おそらく静見もそう思っていたに違いなかった。神代家の門をくぐり、玄関に立つ人物を目にするまでは。
……今夜は、いつもより遅かったですね」
 あくびをかみ殺して二人を迎えたのは、あまりに見慣れた、神代家の孫娘の姿だ。寝巻きにカーディガンを肩に掛けた格好で、眠たげな目を玄関に入ってきたばかりの二人に向けている。
「あはは……美佐子ちゃん、起きてたんだ」
「ええ……それで、どうだったの、夜の散歩は? 散歩にしては、ずいぶん時間がかかったみたいだけど」
 『夜の散歩』は桐紗が夜に出歩くのを見咎められたときの言い訳だった。
 前以上に静見の夜の行動に注意を払うようになった美佐子に気がつかれないよう、家を出ることは難しい。桐紗がどうにか気がつかれずに出たところで、静見がいなくなると桐紗も出て行ったことがわかってしまう。そして、静見には自分の行動を隠すつもりはない。
「いやあ、それはもう星空が綺麗で、つい、ねえ」
 言っている本人すらわざとらしいと思う桐紗のことばに、美佐子が疑うように目を細める。
「星空がそんなに綺麗だったの?」
「最近は晴天続きで、確かに星空は綺麗だな。眺めるにはいい按配だ」
 我関せずだった静見が、唐突に口を挟む。意外なところからの反応に、少女たちは顔を見合わせてから浴衣姿に目を向ける。
 その視線をどう解釈したのか、静見は軽く首を傾げた。
「儂は好きだぞ?」
「い、意外にロマンチスト……
 不思議そうな静見のことばに意外な一面を見た気分で、少女たちは目を見開いて茫然としたように、そのまま縁側廊下へ歩み去る背中を眺めていた。

 土曜日の祝日と日曜日の二連休のためか、駅前通りや公園などは普段の倍以上の人数で賑わっていた。国道は行き交う車も増え、駅にも旅行に出る姿は多い。
 しかし住宅街はほぼいつも通りの光景で、静かな辺りは静か、騒がしい辺りだけが騒がしかった。
「久々の組み手だ。そろそろ新入りも入ってくるころだからな。気合いを入れていくぞ! 手加減はせんからな!」
「押忍!」
 この北区住宅街で騒がしい場所の代表格である神代道場では、神代大治が久々に道着姿を見せている。その腰に巻くのは黒帯だ。
 汗臭いやり取りを光江を手伝いながら、美佐子と桐紗、そして桐紗に無理矢理起こされて引っ張られた静見が眺めている。
「いやあ、おかげであれだけ溜まっていた洗濯物もすっかり片付いたわ。ほんと、ありがとうね」
 中庭にずらりと干された洗濯物を前に、光江は気持ち良さそうに汗を拭いながら手伝いの三人を振り返る。
「いえ、いつも光江さんにはお世話になってますから」
「居候ならこれくらい当然!」
 答える二人の少女の後ろで、静見は縁側に腰かけて小さくあくびをしている。
「でも、二人ともまだ若いんだから、ほかの子たちと一緒に遊びたかったでしょう? お昼ご飯食べたら、どこか行ってきたら?」
 光江のことばに、少女たちは嬉しそうにどこへ行くのか話し合い始める。
「ゲーセンに行くってのも何か華がないしなー。でも、昼から行くとなるとあんまり時間はかけられないし」
「近場なら、やっぱり買い物とか、ゲーセンになっちゃうよね……
 昼食をとりながら考えて、ひとつ案を出しては取り消す、というのを繰り返す。
 それほど大きな都市ではない楽駕町では、出かける先も限られている。美佐子も休日には奈美と一緒に出かけることはあるが、大抵は公園か行きつけの若者に評判のいいカフェで過ごすくらいだ。
 それでも気心の知れた友人となら楽しい時間を過ごせるのは確かだが、せっかくの休日なのだからいつもは行くことのできない場所に行ってみたい、というのが少女たちの考えだった。
「静見ちゃーん、いいアイデアない?」
 桐紗が黙々と昼食を口に運んでいる静見に助け舟を求めるが、相手は顔を上げることもない。
「ちょっと、何とか言いなさいよ」
 少女の声に、少しだけ怒気が混ざる。
 やっとそれに反応し、青年はわずかに顔を上げて一言。
……何とか」
「そういう意味じゃなーい!」
 ぽつりと言ったことばに桐紗は声を上げるが、それを眺める美佐子は内心吹き出しそうになる。
「ったく……訊いたあたしが馬鹿だった」
 もともと昼に出かけることなどまれな静見に何かを期待していたわけでもないのか、桐紗は溜め息を洩らし、あきらめたようにお茶漬けをかき込む。
「それなら、温泉に行ったらどう? 近くに何か大きなお店ができたみたいだし、温泉に入るついでに何か買い物もできるみたいよ」
 一緒になって考えていた光江が、良いことを思いついた、という風の笑顔で提案した。
「ああ、温泉いいかも!」
 若い娘たちの休日の過ごし方としては少々変わってた行き先だが、桐紗が嬉しそうなのと新しくできたデパートに興味があるのとで、美佐子もその提案を受けることにする。
「静見ちゃんも温泉行ったら? たまに外出したほうが健康にいいわよ」
「温泉……?」
 普段話題を振られてもまともに反応しない静見も温泉には興味があるらしく、光江のことばにわずかに顔を上げて『温泉』をとるか『睡眠』をとるか迷うように考え込む。
「いいから、いいから。女の子二人だけで行かせるつもり?」
 静見の意志など考えるつもりはない桐紗のひとことで、彼は半強制的に少女たちに同行することになった。
 昨夜はいつも以上に長く傀儡との戦いに出ていたのだ。本当ならもっと眠っていたいところだろうが、桐紗に引っ張られるようにして、ともに歩いて五分程度のところにある温泉街に足を向ける。

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