#DOWN

エピローグ(2)

 春の公園を再現した空間に、二つの姿があった。
 桜の花びらが舞う木々の間で、金色の髪の少年は足を止める。
「逃がしては、くれなさそうですね」
 彼が振り返ると、少女が木の幹に寄りかかるようにして、顔を向けていた。
 銀の妖精と呼ばれるその姿は可愛らしくも神秘的で、周囲の景色とあいまって花の妖精を思わせる。
「今まで、さんざん逃げられたもの……簡単には放さない。放せば、消えてしまいそうだから」
「消えはしませんよ、リル」
 彼は、なだめるようにほほ笑んだ。
「あなたこそ、どうなのです? あなたには、わたしを捜すという目的がなくなった……これからは、外の世界から呼びかけがあるまで、多くの人間たちにまぎれて生きるのですか?」
「サーペンスじゃないけど、人のやることに限りはないわ。絶望し続けるには、この世界は広く、深過ぎる……無為の時を生きるつもりもない。あなたを捜すためにやってきたことにも、少しだけ、意味を見つけたの」
 彼女は、桜の花びらのそそぐなか、少年に近づいた。
 真の名をクレアトールという少年――シータには、少女のことばの意味がわかっていた。
「あなたなのですね……ルシフェル」
 それもまた、有名なハッカーの名。クラッカーたちの邪魔をし、何度もその狙いを潰しているという、少女の名だ。
 クレオと会う一週間前にサーペンスの悪事を阻止したのも、迷うクレオにことばをかけたのも、彼女のしたことだ。
 スペース・ワールドやレイフォード・ワールドで見せた、外見に似合わぬ腕力や体術。それも、彼女のハッカーしての力で、一時的にワールドのプログラムをいじったことが原因で表われたもの。
 謎の少女、ルシフェル。
 その、三つ目の名を、銀の妖精の別名も持つ少女は、否定しなかった。
「あなたや読唇者のように、おせっかいなハッカーになるのもヒマ潰しには充分だもの。それに、あなたを目指しているうちにそうなったの……いつか追いついてみせる」
「殿堂入り、ですか」
 少年は笑い、背中を向ける。
「そのときを、楽しみにしています。それでは、――いつか、また」
 白い後ろ姿が消えた。
 幹の太い木々の間に、あたたかい風に銀髪を揺らす少女だけが残される。
『……よかったのかい?』
 どこからともなく、声が響いた。レイフォード・ワールドでの読唇者の声にも響きが似た、直接脳内に伝わる声。
 聞き慣れた、それもしばらく聞けなかったセルサスの声に、リルは笑顔で首を振った。
「また、会えるもの」
 いつか、また。
 それは、再会の約束。
 約束のことばを胸に刻んで、少女は歩き出す。
「さて……この世界が続く間、何をしようか。まずは、いつものところかしら……」
 ジルに礼を言い、心配性のマスターに顔を見せて、安心させなければ。その後は――気になるワールドが、いくつもある。
 彼女は軽い足取りで公園を歩いていく。
 妖精にも似た少女の姿は、ピンク色の吹雪の向こうに消えていった。

  〈了〉

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