#DOWN
終結 ―遠い〈記憶〉の彼方―(4)
通路は、少しずつ狭くなっていく。人一人がようやく通り抜けられるくらいになったところで、行き止まりになる。
つき当たりの壁には、ところどころが破けた、額縁入りの古い絵がかけられていた。絵の内容は、半分溶けたような黒い悪魔が湖から上半身を出し、周囲の天使や妖精たちに襲いかかろうとしている様子だ。
クレオがその絵を外すと、裏の壁に、中にレバーが突き出したくぼみが顔を出す。
それを軽く片手で引き倒し、クレオは丁寧に絵を戻した。
「これでよし、と」
一仕事終えて、一歩、後退る。
絵に、変化が現われていた。悪魔は消え、現われた女神が、ある方向を指差している。
「意外にあっけなかったですね」
「オレがいなかったら迷ってたかもしれないけどなぁ。さあ、戻ろうか」
少し自慢げに鼻を鳴らし、シータを促す。
「なあ……」
通路の幅が狭いうちは、シータが先頭になる。白い服の背中を見ながら、彼は遠慮がちに声をかけた。
「聞いていますよ。何ですか?」
「オレたち……」
一旦、ことばを切る。答を聞くのが、怖い気がした。
しかし、現実からは逃れられない。仮想現実で彼らが目にし、耳にし、感じる、現実からは。
「オレたち……止められると思う? クラッカーたちに、あっさり消されて終わるかもしれない……」
「それは、セルサスのより深いところで禁じられていますが……間接的に、人の意識体を傷つけることは可能でしょう」
仮想現実の人間の姿は、意識のもとである、現実世界で横たわる身体の脳内につながっている。その意識の保護は、セルサスのなかでも、最高の安全レベル区域で行われていた。
しかし、セルサスの判断が働いていない今の状態では、レベルの低い機能でも、使い方次第で他人の意識を崩壊させられるだろう。特に、この仮想現実界の仕組みに詳しい者が、セルサスの機能の一部を使ったのなら。
「相手は、わずかとはいえ、セルサスの領域を手に入れた複数のクラッカーたちです。難しいですね」
「でも、やるしかないんだろ?」
クレオのことばを耳にすると、振り向きはしないが、シータが笑った――のが、その背後の少年にはわかった。
「ええ、勝ちますよ。犠牲が必要かもしれませんが……何としてでも。……だからクレオ、あなたは、終わった後のことも考えたほうが良さそうですよ」
「それは、どういう……」
急に横に引っ張られて、クレオは壁に肩をぶつけ、尻餅をついた。
「ああ、どうやら通路の回転が始まったみたいだな」
肩をさすり、すべては予想通り、といった調子で言う彼が立ち上がろうとすると、さらに大きな衝撃が通路全体を揺さぶる。
クレオは立ち上がるのをあきらめ、シータは壁に身を寄せる。
しばらく、じっと待つだけの時間が過ぎた。壁の一方に引き寄せられるような力を感じ、重いものが引きずられるような音を耳にしながら、少年たちは身じろぎもせずに待つ。
空気を震わせる振動が収まると、クレオが勢いよく立った。
「今のうちに、とっとと戻ろう」
シータを追い越し、早足で歩き出す。通路の位置が変わっても、通路の出口が正面にあることは変わりない。
次に位置が変わるまでは、かなり時間があるらしい。それでも急いで出口に辿り着くと、闇に慣れた目に眩しい光の中、見慣れた少女のシルエットが手を振るのが見えた。
「無事みたいだね。ご苦労さん」
赤毛の少女が言い、軽く少年たちの肩を叩く。
階段の位置からして、どうやら、通路は反対側に移動したらしい。それを確認したクレオの視界に、階段を迂回して近づく、ステラとリルの姿が入る。
「あなたたちが戻る少し前に、向こうの通路に光が現われたの。あれが、次の空間への入口なの?」
「最後の空間への入口だ」
腰の剣の鞘に軽く触れて、啓昇党の一員だった少年は訂正する。
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