#DOWN

決意 ―背神者たちの〈追走〉―(7)

 公園を出ると、少女たちはさらにいくつかのワールドを通り抜け、教会まであと一歩のところまで迫った。
 多くの人が集まり、町を作ってひとつのワールドを形成していることは少なくない。同じ町の出身者がそろえば、現実に存在していた町を再現することもあるが、ほとんどは、架空の町や村だ。
 ネファリウスという名のその町も、中世ヨーロッパの街並みをモデルにした、架空のものらしかった。
「なんだか、店は近代的なんだねえ」
 四人は出来るだけ目立たないよう、人込みにまぎれるようにしながら、通の端を歩いていた。
 道の脇には、様々な店が並んでいる。大きなデパートなどはないらしく、店のほとんどが特定のジャンルの専門店だ。
「ここの北に、教会があるって言うけど……そんな雰囲気はないねえ」
 見回すルチルの目に映るのは、ごく普通の、日常を楽しむ人々の姿だ。今起きているはずの異状も、まったく知らぬげな。
「北にゼーメルがあるのは事実よ。教会が移動でもしてなければね」
「移動してたら、どうすんのさ?」
「さあ……一生さまようことにでもなるかしら」
 リルは、からかうような笑顔を隠すように、明後日の方向に視線を向けて答える。
 彼女たちは、教会で話を聞かない限り、帰りのルートを確保できない。偶然目的地に辿り着ける可能性もあるが、もっと厄介な場所に出ることもあり得る。
 実際は、シータが強引な方法で空間を渡ることもできるが、そんなことはすでに忘れ、ルチルは青くなった。
「それじゃあ、意地でもゼーメルに辿り着かないと……」
 足を速めようとする彼女の動きを、後ろからの白い手が、押し留める。
 慌てて振り返り、赤毛の少女は、表情をほころばせた。
「そうだね。急ぐことはないよ。ステラちゃん、ごめん」
 つい、車椅子の少女のことを忘れて先走ったことを、彼女は心から反省する。
 だが、ステラの視線は彼女を越え、そのはるか背後、行く手に向けられていた。
 その視線を追った三人は、行き交う人の姿のなかに、近づいてくる、青い制服のような姿を見つける。
 まるで、レイフォード・ワールドの神官戦士のようだ。フードの着いた紋章入りの服をまとい、杖にも似た槍を右手に握っており、周囲の人々の近代的な服装の中に存在するには、違和感がある。だが、誰もそれを気にしてはいない。
「みんな、一旦店に入りましょう」
 リルがステラの車椅子を押し、他の二人を呼んで近くの店のドアをくぐる。
 入った先は、衣料店だった。若い女性店員が、なだれ込んできた四人に驚いたあと、即座に営業スマイルを向けてくる。
「いらっしゃいませ! どんな服装をお求めですか?」
「ええと……」
 リルが、ルチルに視線を向ける。並べられた服に目を輝かせていたルチルは嬉々として、助け舟を出す。
「とりあえず……お勧めの、全部持ってきて!」
 リルは、彼女に助けを求めたことを少し後悔した。
 その、五分後。
「ちょっと季節はずれかもしれないけど、これ、どう?」
「とってもお似合いですよ。可愛いです」
 ルチルが、少し自慢げに、店員とことばを交わす。
 フリルがたくさん使われたワンピースのスカート姿を皆に披露しているのは、彼女自身ではなかった。
 ルチルと店員の間で着せ替え人形にさせられているのは、ステラだ。車椅子の少女は、まんざらでもなさそうにほほ笑んでいる。
「ねえ、ちょっとマニアックだけど、このナース服ってどう?」
「いいですね! それが終わったら、メイド服も試してみましょうよ」
 すっかり意気投合したルチルと店員を横目に、リルは、自分の変装用の衣装を選ぶ。
 しかし、適当なコートを選びながらも、彼女には、サイズ以上の、衣服を選ぶための条件というものがわからない。
「変装をしなければならないのは、確かですからね」
 柱の陰から、シータが疲れたような声を出す。
 彼の横には、通りに面した窓があった。窓の向こうの人の流れの中に、ほぼ数分ごとに神官服の男が通り過ぎていく。
 頻繁にパトロールをするその姿も、この町ではすっかり馴染みのものらしい。いちいち反応する住人はいない。
「あたしたちの顔、知られているかしら?」
 手にした服で自分の顔を隠し、窓の向こうを通りかかった神官から姿を隠しながら、リルは少年に近づいた。
「アガクの塔で会った三人は亡くなりましたし、わたしたちの顔を覚えているのは、あの直後では一人でしょうね……」
「クレオ、ね」
 これから向かう目的地である、教会にいるはずの少年を思い出し、彼女は独り言のように答えた。
 最初に出会ったときから、あの少年には、普段の明るさに潜む影のような部分が見え隠れしていた。それは、友人を助けたい思いから来る深刻さにも思えていたが、本当は、自分の任務に対する思いつめた感情だったのだろう。

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