#DOWN
決意 ―背神者たちの〈追走〉― (16)
周囲は静まり返り、他に動くものの気配はない。
「さて……話してもらいましょうか」
ルチルが、数歩、シータの背中に近づき、リルと並んだ。
少年は、色の白い顔に苦笑を浮かべて振り返る。三人の表情を見渡したあと、すぐに身体ごと向き直って、彼はうなずいた。
「わたしは、あの読唇者と同じく、ここで何かが行われることを察知していました」
「だから、偶然を装って近づいた」
リルのことばに、シータはまた、首を縦に振る。
「他に動いている冒険者はいない……あなたたちが鍵だということは、すぐにわかりましたからね。そして、クレオがその中心にいることも……」
「啓昇党が暗躍していることも?」
「確信を得たのは、カロアンでですが。今は、彼らの目的もわかりました。わたしが次にすべきことも」
「シュメールに行くの?」
リルに続き、ルチルが質問を重ねる。シュメール・ワールドは、読唇者が次の目的地とした場所だ。
「いいえ。ゼーメルですよ」
否定しながら、彼はほほ笑む。
「啓昇党がクレオに英雄としての役目を与えたのなら、他にも彼を使った計画を立てているはずです。まず、そちらを押さえます」
最後まで言うか言わないかのうちに、彼は仰向けに転倒した。ルチルが、突然彼に飛びついたのだ。
硬い石造の床でしこたま後頭部を打ったらしく、シータは目の前に星が飛ぶのを見ながら首を振る。
「何するんですかっ!」
「いや、効率より友情を取るなんて、シータえらいっ! あたしゃ、思わず感動しちゃったよ、うん」
「そんなんじゃあありません!」
勝手に感動をあらわにして首に抱きつくのをすりぬけ、シータはのそのそと少女の下から抜け出した。床に座り込んだ彼の目の前に、屈み込んで見下ろす、銀の妖精の顔がくる。
怯んだように身を引く彼を、底知れない、灰色の目が射抜く。
妖精のように神秘的な輝きを放つ髪を持つ少女は、いつものように淡々と――何気ない独り言のように、ことばをつむぐ。
「あなたはクレアトール。あたしは、あなたを捜してここに来たの」
質問ではなく、確認だった。
「え……?」
ルチルが、気の抜けた声を出す。
その、時間が止まったような空気の中、昨日、シータ、と自らの名を名のった少年は、否定しなかった。
「言っておきますけど、クレアトール、でひとつの名前ですからね。クレア・トールと分けないでくださいね……二年ほど前から、シータ、で通していますが」
「クレアトールって、殿堂入りの?」
言うまでもないことをわざわざ説明する少年のことばに、赤毛の少女は動きを止め、疑わしげに相手の顔をじろじろ見る。
それにかまわず、金髪の少年は立ち上がり、リルに目を向けた。その表情は、真剣なものに変わっている。
「わたしも、いずれあなたと会ってみたいと思っていました……しかし、今は急ぎの用事を抱えています。いずれ、また会うことにしましょう」
「何を言ってるの……」
銀髪の少女の表情が、わずかにほころぶ。
「あたしも行くわ。足手まといにはならないわよ」
「あたしも!」
即座に、ルチルが同調する。
少し離れて眺めていた車椅子の少女が、同じ意見を表わすかのように進み出た。いつもは柔らかな笑みが浮かんでいる顔には、真剣な色をたたえた澄んだ目が輝く。
「やれやれ……わたしは、クレオのように甘くはありませんよ。自分の身は、自分で守ってくださいね」
「もちろん。……でもさ、ゼーメルに行くには、一方通行の出入口を選んで行かないと駄目なんだよね?」
レイフォードへ来るにも特定の入口をくぐらなければならなかったことを思い出し、ルチルは腕を組む。
急ぎの用事だというのに、目的地への道筋がわからなければ仕方がない。一方通行の出入口と行き先の対応を調べ上げるのは、骨が折れる上に時間の損失が大きい。
「調べるあてはあるわよ」
表情を曇らせるシータに、リルが平然と言う。
「ちょっと、高くつくかもしれないけどね」
その顔に、いたずらっぽい笑みが広がっていく。
それを、三人は期待と同時に、不安を持って見ていた。
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