#DOWN

異変 ―闇に堕ちる〈星〉―(15)

 もっとも、町を目の前にしたこの辺りでは、ほとんど魔物が出ることはない。それに、視界も開けているので、近づいてくるのを発見するのが簡単だった。
 そんな思いから、自然と足を速めた、その瞬間――
「あっ!」
 ルチルは、すぐには何が起こったのかわからず、声を上げた。後頭部に衝撃がはしり、地面の上を転がる。
「一体どうなってっ……!」
 文句を言いながらクレオが走り寄る。剣が一閃した直後、身を起こしたルチルは、やっと自分を襲ったものの正体を見た。
 棍棒を手にした、堅い皮膚を持つトカゲ男、リザードマン。その大群が、周囲にうごめいていた。
 ほんの瞬きの間に、気配も、もちろん姿もなかったはずの魔物が、視界を埋めていた。空気も一変し、よどんだ風が渦巻いている。突然の出現に混乱しながら、シーフマスターはとりあえずナイフをかまえる。
 取り囲む魔物たちの輪の中心に集まる五人の周囲を、蒼白いような半透明の膜が包み、消えた。ステラが錫杖を振って防御力を上げる魔法を使ったらしい。
 その横で、リルもステッキの先をリザードマンの群に向ける。
「ファイヤーボール」
 炎の球が飛び、群の中で爆発した。数匹が灰になり、周囲の数匹も火傷を負う。
「こりゃ、魔法に頼ったほうがいいかな」
 じりじりと間を詰めてくる相手の数を数えていたクレオが、二〇匹目までを目にしたところで音を上げた。
 彼と背中合わせに立つシータも、それに同意する。
「そうですね……ライトニング」
 右手にボウガンをかまえたまま、杖を左手に携えて魔法を放つ。
 蒼白い爪が、彼に襲い掛かろうと数歩前まで近づいていた数匹を撃ちすえる。撃たれた者は、黒い煙となって消えた。
「ええと、二四匹」
「厄介ですね」
 溜め息を吐きつつ、シータはボウガンで一匹減らしてから、もう一度繰り返す。同じく、リルも火球を投げつけ、相手を減らす。
 だいぶ近づいて来たリザードマンを剣を振って牽制してから、クレオはもう一度数えた。
「えーと、二五」
「キミ、算数できる?」
 自分が伝えた数の意味に気づいていない剣士に、ルチルはあきれの声を上げる。
「……まずいかも」
 三度目の火球を放ってから、ウィッチの少女が淡々と告げる。その目は、リザードマンの群の端に向けられていた。
「増えてる」
 短いことばに、ルチルとクレオはわずかな間、動きを止める。
「これも、異状の一環ですか……」
 シータはボウガンの矢の一本につき一匹をしとめていきながら、疲れたようにぼやく。彼は魔法とボウガンを使いかなりのハイペースで相手を減らしているが、それでも全体の数は減っていない。
「ここは、全力でいかないと」
 クレオがかまえなおす剣の刃に、ステラが強化の魔法をかける。赤い光をまとった刃をかかげ、剣士は一人、今まさにステラらに飛び掛らんとしていたリザードマンたちのなかへ飛び込んだ。
「無茶な戦い方だねえ」
 言いながら、ルチルはナイフ投げで剣士を援護する。
 クレオが離れると、リルがシータと背中を合わせた。
「空間がおかしくなってる。離脱の魔法も使えない」
「つまり……誰かが我々を戦わせたがっているのでしょうね」
 苦笑しながら、ハンターは魔法を放つ。七匹のリザードマンが消え、それ以上の数が補充されたように見えた。
「増えるペースが速くなっているんじゃ」
 何かが、リルの袖を引いた。
 見下ろすと、ステラが錫杖で、背中を向けているルチルを示していた。その横から迫る、リザードマンの姿も。
「ルチル!」
 名を呼んで促しただけでは間に合わない。リルはとっさに、赤毛の少女に跳びついた。そのまま転倒する頭上を、棍棒が行き過ぎる。
 もう、包囲網はかなり狭まっていた。それに気づいたシータが周囲を見渡し、慌ててステラの前に出る。位置を入れ替えた直後に、リザードマンの尾が宙を薙ぎ、ハンターを吹き飛ばす。
 草の上を転がりながら、シータはボウガンでステラの前に出る魔物を狙い撃った。
「ちょ……」
 めまぐるしい展開についていけず、ルチルが混乱したような声を出す。彼女はリルの下から、標的に向けて再び突進してくる緑の魔物を見ていた。
 リルは、すぐに立ち上がると、迫ってくる相手に身体を向けた。
「リル?」
 背後から名を呼ばれながら少女は一歩、自ら相手に踏み出す。
 そして、棍棒を避けながら伸び上がるように膝蹴りをくらわせた。堅い鱗状の皮膚に、一見それほど力がこもってるでもなさそうな一撃を受けたリザードマンが、大きく吹き飛ばされて消滅した。
「格闘系技能も持ってるの……?」
「まあ、ちょっとね」
 曖昧な苦笑を浮かべて、彼女はルチルとともにステラのそばに戻る。すでに、シータも戻っていた。

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