#DOWN

人喰いのいる村(1)

 そこは、小さな村だった。まばらな家々の間に畑が広がり、時々家畜の姿が見える。嵐が訪れたら一瞬にして滅びそうな村だが、そのためか、明らかに不自然なほど立派な城壁に囲まれていた。
 城壁の北と南には、重そうな扉がしつらえてある門があった。旅人が声をかけると、見張り役がいくつか質問をしてから、恐る恐る顔を出し、村長の許可を得てから招き入れる。
「旅人さんは、魔術師ですね。どんな魔法を使われるのですか?」
 見張り兼案内役の村人が村長の屋敷に向かって歩きながら、となりを歩く黒づくめの旅人に聞いた。その、一見若い魔女は素直に、
「ものを壊したり、燃やしたり、悪魔を召喚したりする魔法を少々」
 と答える。
 それから屋敷に着くまでの間、村人は引きつった表情のまま無言だった。

 屋敷に着くと、魔女は居間に通された。村の他の家の数倍は広いが、それも、あくまでこの村の基準での話である。
 居間には、黒髪に白髪混じりの村長と、その妻らしい女性、それに、もう一人、旅人らしい若い男が姿を見せていた。
「旅の方々、ようこそ我が村にいらっしゃいました。わたしが村長をやらせてもらっている者です。よろしくお願いします」
 村長は言って、丁寧にお辞儀をする。
「実は、折り入って、頼みたいことがございまして……。話だけでも聞いていただけないでしょうか? この村に宿はありませんので、我が家の部屋を提供します。夕食の時に、こちらの事情だけでもお耳に入れていただければと……お急ぎなら、仕方がないですが」
 急ぎの用事があるなら、この村を寄ること自体ない。それに、無料の夕食つき宿屋にありつけたようなものである。旅人たちは、村長の申し出を承諾した。
 屋敷の客室は、取り立てて豪華でも広くもないが、一晩泊まるのに不足はなかった。調度品も、並の宿屋とさして変わらない。
 黒づくめの魔女は、与えられた部屋で独りになると、荷物を脇に置いてベッドの端に腰を下ろした。
(頼みごとって、一体なんだろうね? 怪物退治?)
 室内には、魔女しかいない。だが、彼女の頭のなかには、少年のものらしき声が響いた。街中で暮す一般人にも馴染み深い魔法、〈テレパシー〉による遠方通話だ。最も、この村では魔法すべてが珍しい存在だろうが。
「どうも、そんな感じだね。城壁や守りの堅さを見ると」
(何を差し置いても守りは固めたいって感じだよね。家はどこもボロボロみたいなのに)
「……そうかい? でも、家の造りは普通じゃないよ」
(そうなの?)
「シゼルは気づかなかった? 食事まで時間はあるようだし、依頼も果たさないといけないしね。ちょっと見て回ろうか」
 肌身離さず持っている、本当に大切な荷物だけを身につけて、魔女は部屋を出る。丁度廊下を歩いてきたメイドに外出の旨を話すと、玄関に向かう。
(セティアは、あの旅人について何か思わなかった?)
 シゼル、と呼ばれた少年は、お返しとばかりにそう問うた。旅人、とは、先ほど同時に呼ばれた、若者のことだろう。
「普通の旅人にしては身なりがいいし、なかなかハンサムだと思ったけど」
 屋敷の門をくぐり、道とも言えないような土の道に出ながら、セティアは若者の姿を思い出していた。金髪碧眼の精悍な横顔が、道の両脇に広がる、夕日に染まった田の稲穂に重なる。
(彼、この辺では有名な人だよ。本で見た。聖騎士団の団長で、伝説的な勇者。確か、名前はリヴ・ゼイア。セティア並みの有名人だよ。まあ、セティアは顔は知られてないけど)
「知られちゃ困る方面で有名だからね」
 セティア・ターナーの名は、強力な力を持ち長い時を生きる魔術師のものとして、広く知られていた。その名はあらゆる魔法関係の書物に記されているが、彼女の力を恐れてか、常に旅をしているためか、その詳しい容姿まで取材してあるものはない。
「だから、やりやすいんだけどね」
 そうことばを続けて、彼女はある一軒の家の前で足を止めた。
 家は木造で、壁が少し傾いていた。表面の汚れたドアも取り付けが悪く、隙間ができている。唯一の窓にはヒビが入っていた。
(なかなか風流な家だね。で、どこがおかしいの?)
 シゼルは、自分で考えるつもりがなさそうな様子で、すぐにそう質問した。
「土台を見てご覧よ」
 セティアは、視線を少し下に向ける。〈テレパシー〉と同時に使用されることの多い魔法〈ビジョン〉により、彼女とシゼルは視界を共有しているらしかった。
 二人の視界の中央に家の土台がくる。家が傾いている割に、土台は地面に対して水平だった。そして、家の壁は古そうな木だというのに、その下部は、切り出した石を積み上げて固められた、丈夫なものになっていた。

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