#DOWN
死者たちの都(1)
枯れかけた木々がまばらに生えた岡の上に、一人の少女が立っていた。
黒髪は後ろで一本に束ねられ、黒い長衣にマントと、典型的な魔術師の姿をしている。漆黒の瞳は、高い城壁で囲まれた都市を映していた。
眼下の街並みは他の国のそれとはまったく異なっていた。家がどれも大きく、そして形がいびつだった。まるで、どの家も手当たり次第に増築しているようだ。壁の色形も様々で、それぞれの家の者の好み次第のように思える。
それに、それは事実なのだろう。岡を下り、門をくぐった少女は、壁にかけたハシゴに登って大工仕事をしている男を視界に捉え、そう結論付けた。
(まるで、国中が増築中のようだね。一体なんだと思う?)
少年の声が、少女の頭の中で響いた。少女はその声に、小声で答える。
「シゼル。住むところがたくさん必要ってことは、人口が増えてるってことじゃないか?」
(そのわりには、人の姿が少ないけどね)
シゼルは、辺りを見回す少女の視界を共有しているようだった。
映像を伝える〈ビジョン〉と音声を伝える〈テレパシー〉という魔法は、一般の人々にとっても馴染みの深い魔法だ。遠くの場所への通信手段としてよく併用されるが、両方を長い間持続させるにはかなりの実力が必要とされる。
そして、少女はその実力を持っていた。セティア・ターナーの名は、白魔法と黒魔法を両方収めた大魔術師の名として知られ、恐れられている。
しかし、さすがに顔はそう知られているわけではない。
「お嬢さん、旅の人かね?」
通りを行くセティアに声をかけてきた白髪の老人も、特に相手の正体に気づいた様子はなかった。
「はい。見聞を広めるために旅をしています」
「そうか……もしよければ、家に泊って行かないか? たまには生きた話し相手が欲しくてな……それに、近くの宿は増築中だから」
老人は必死にセティアを自分の家に連れて行こうという様子だった。おそらく一人暮らしなのだろう。話し相手がほしくて仕方がないに違いない。
(シゼル。どうする?)
いちいち指示を求める必要はないが、セティアとしては、雇い主の意志を尊重するつもりらしい。彼女は頭の中で、テレパシーの送信先にきいた。
シゼルは予想通りあっさりと、老人の申し出を受け入れる。
(こっちも、この様子じゃすぐに話し相手捕まりそうにないから、いいんじゃない?)
「……では、お邪魔します」
セティアがどこか事務的に返事をすると、老人はさも嬉しそうに彼女の手を取り、何度もお礼を言った。
その様子を、少し離れたところから、一人の少年が見ていた。
旅人の手を引いて家に戻ると、老人は彼女を居間のテーブルにつかせ、張り切った様子で厨房に入っていった。昔、レストランで料理長をやっていたのだという。
テーブルにひじをつき、辺りを見回しながら、セティアは溜め息を洩らした。
「落ち着かないな……」
家は、広かった。五人家族で暮らしていたとしても充分なほどの広さがある。
(おもしろい家だね。童話に出てくるキノコの家みたい。しかも、毒キノコ)
「カラフルだからな……」
ドアがなく、この部屋の八方にある出入口から、それぞれの部屋が見える。一つは、老人が料理を作っている厨房だ。それを含めたすべての部屋の壁が、それぞれ違う色に塗られていた。
「息子たちはこの街を出て行ってしまってねえ……妻も、二年前にはやった病で逝ってしまった」
エプロン姿の老人は、サラダと自家製らしい青緑のジュースをセティアの前においた。
「まあ、寂しくはないが、たまには生きた人間と会いたくなる。自分が生きているのかどうか、確かめたくなるのかもしれないな」
テーブルの上に、次々と料理が並べられていく。サイコロステーキや、パイ入りシチュー、白身魚の香草蒸しが食欲をそそる匂いをかもしだす。
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