#DOWN
思い出にする日(1)
そこは、左右を崖に囲まれた、山道の周囲に広がった町だった。山道とはいえ、標高はそれほど高くない。
立ち塞がるようにそびえる白い門をくぐり、一人の少女が街のなかに入った。長い黒髪に黒ずくめの姿は、淡い茶色の土を固めて造られたこの町の中ではひどく目立つ。特殊な素材のマントとローブから、一見して魔術師だと知れた。
彼女は通りの端を歩きながら、辺りを見回した。通りに沿うように小川が流れていて、子どもたちが遊んでいる。通りには、土を固めたブロックを積んだ馬車や、荷物を運ぶ大人たちが行き交っている。
少女は宿を探し、中心部へと進んでいった。間もなく道が十字になった、開けた場所に出る。
正面左手側に、宿屋らしい二階建ての建物があった。その宿屋の前に、老若男女、十人ほどの人間たちが集まっていた。その中心にいる十代半ばくらいの、黒髪の少女が来客に気づき、母親らしい女性の袖を引っ張った。
皆が振り返ると、少女が旅人に走り寄った。
「お姉さん、旅の人?」
少女は何かを期待するように、相手を見上げて言った。相手は小さくうなずく。
「ああ。そうだよ」
「あの、泊まっていきませんか? あたしの家、宿屋なんです! 次の街まで、半日くらいかかりますよ」
言われて、旅人は空を見上げた。太陽はすでに地平線にかかろうとしている。今この街を出ると、今夜は野宿になるだろう。
「そうだね、お願いしよう。わたしはセティア。きみは?」
少女は嬉しそうに笑った。
「あたし、リュアです。よろしくね!」
少女はセティアの手を引き、宿のなかに入っていった。
建物は土のブロックでできているが、内部の壁は白く塗られた木の板で補強され、清潔そうだった。部屋は広く、簡素だが、必要な物は一通りそろっている。
(さっき、あの人たち、何を話していたんだろう?)
セティアの頭のなかに、少年の声が響いた。この、二階の部屋まで彼女を案内してきたリュアは一旦姿を消し、室内にいるのは彼女ただ一人になっている。
「ああ。事件、という感じでもなかったけど、ただならない雰囲気だったね」
(ここに泊まってるのはセティアだけみたいだし、宿のなかで何かあったとも思えない)
セティアが声に出さずに答えたことばも、相手に通じている。遠くにいる者と話すための魔法、〈テレパシー〉の効果だ。
「後で、あの子に聞いてみよう」
(リュアか。あの子、奇妙な感じがする)
「奇妙? シゼル、どういうことだい」
(さあ、よくはわからないけど。魔力とか、そういうのではない。それなら、セティアもわかっているはずだしね)
セティアは荷物を置き、マントを椅子にかけた。そして、ふと、ガラスのない窓に歩み寄る。穏やかな風が流れ込む四角い窓からは、下の様子を眺めることができた。左手側に小川が見え、正面には、二つの墓石が見える。一つは大きく、もう一つは小さかった。
(ここの家の人のかな?)
セティアがうなずきいて口を開きかけたとき、「失礼します」と声をかけて、再びリュアが姿を見せる。部屋にドアはなく、代わりに、厚手の布が入り口に垂れ下がっている。
「セティアさん、この街、まだ見て回ってませんよね? 良かったらあたしが案内しますよ」
彼女はセティアに歩み寄り、相手が窓を背にしているのを見た。そして、その窓から何が見えるか、すぐに気がついたらしい。
「ここ、お墓が見えるんですよね、忘れてました。嫌ですか? お部屋、替えましょうか?」
「いや、いいよ。ご先祖様のお墓かい?」
「ええ……と言っても、おじいちゃんだけだけど。おじいちゃんの代に、ここに越してきたんです。それと……お姉ちゃんです」
「ああ……案内、お願いするよ」
一瞬ことばを失ったセティアは、取り繕うようにそう言った。
リュアのほうは、暗い表情を見せることなく、終始笑顔だった。セティアは客の前だからかとも思ったが、どうやら心の底からの笑顔のようだ、と思い直す。久々の客がよほど嬉しいのか。
少女は明るい笑顔で、セティアの袖を引いた。
「夕食までに終わらせましょう。さ、早く早く」
二人の少女が部屋を出て、通りに向かう。
それを、宿の主人とその妻が、廊下から見ていた。
「そういえば、さっき集まっていた人たち、何だったんだい? 親戚?」
リュアの後をついて通りを西に向かいながら、セティアは気になっていたことを尋ねた。宿の前に集まっていた人たちは、セティアが宿に入って間もなく解散したようである。見たところ、皆地元の者らしかった。
リュアは、振り返らずに答えた。
「近所の人たちと、役所の人たちです。実は、この街には特別なルールがあるんです。後で、お話しますよ」
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