四、芸術の都
〈疾風の源〉亭へ向かう途中、シリスとリンファに同行した二人は、それぞれ名を名のった。巨漢の剣士はザンベル、少年魔術師はロイエ・クロークという。ザンベルはもともと冒険のネタを求めて〈疾風の源〉亭へ、ロイエもまた、そこへ情報収集に向かう予定だったと告げた。
〈疾風の源〉亭では、マスターがシリスとリンファの帰還を待ちわびていたようだ。
「やっと帰って来たね。何があったんだい? ……その人たちは?」
見知らぬ顔を見て、マスターは興味を持ったらしい。
シリスはとりあえず、皆を先導していつものカウンター近くのテーブルにつくと、マスターに事情を話し始める。彼が説明する間、ザンベルは本人いわく『軽い食事』を注文し、豪快な食べっぷりを見せていた。ロイエもとなりで、ハーブティーのつけ合わせに選んだプリンをつついている。
ことばを挟まず話を聞いていたマスターは、説明が終わると、苦笑を浮かべた。
「なるほど、そりゃ大変だったねぇ。まあ、わたしが警備隊長に言っておくから。その前に捕まってしまったら、わたしに問い合わせるように言うんだよ」
マスターもこの店同様、市内では有名だ。冒険者時代に、何度もこの都市を救っている。警備隊長とも、当時何度もともに戦った仲だ。
「……それよりもシリス、本当にフェイヴァニカに行くつもりかい? あの辺は今、かなり物騒なことになってるよ。あの八人は魔族に違いない」
一二〇〇年ほど前、『不老の秘宝』をめぐり、大天神ルテと邪神セイリスたちが争った。セイリスは不老をすべての人間に与えるべきだと主張し、ルテら古代神の多くは反対する。そして戦いが起こり、不老の秘宝により不老と力を与えられた新しき神たちがその中心を担った。
戦いの末、一大世界セルティストはルテにより〈フォース〉、〈カオス〉、〈魔界〉、〈精霊界〉に分かたれ、セイリスとその配下の者たちは魔界に封じられる。今ここ、〈フォース〉に魔族が存在するとすれば、直接戦いに参加しなかった者、世界が分かたれる前に封じられてこちらの世界に流れ着いた者、高度な召喚士に召喚された者、のいずれかである。
「魔族が八人も……強力な召喚士か、封印を解くことができる者……いぜれにせよ、強力な力を持っている者が発端となった可能性が高いわね」
「シリスたちも、フェイヴァニカに行くの?」
マスターとリンファの会話に、ロイエが口を挟んだ。シリスが驚いたように彼を見る。
「じゃあ、ロイエもかい? 同じとこに行くなら、一緒にどう?」
シリスのこの問いに、ロイエは値踏みするようにシリスとリンファを交互に眺めて考え込み――
「利害関係の一致にもよるけど、まあ途中までならついていってあげてもいいよ。あんたたちなら、足手まといにはならなそうだしね」
「おもしろそうだな。オレもそっちに一枚噛むか」
鶏肉を頬張りつつ、話題から置き去りにされていたザンベルが言う。だが、ロイエは冷たく、
「ぼくの邪魔はしないでね」
と、あまり歓迎していない様子だ。
「ぐっ……さっきちょっといいヤツだと思ったのに……」
怒りに震えながらも、ザンベルはやはりついてくるつもりらしい。
と、そのとき、彼らのやり取りを聞きながら、何やらじっと考え込んでいたリンファが、ふと顔を上げ、切羽詰ったような様子で切り出した。
「ついてくるのはいいわ。でも、二人とも……どうしても話しておかなければいけないことがあるの」
この、突然の深刻そうな告白に、誰もが黙り込んで次のことばを待った。
「まず、旅費は自分持ち。それと、もしどこかで依頼料が出ることになったら、その依頼に参加した人数で山分けね。それと……」
悟った様子のシリス以外の二人は、初めてリンファの恐ろしさを垣間見た気がした。
フェイヴァニカ王国は、芸術の国として知られている。国土の半分ほどを広大なスリピン湖に占められており、パンジーヒア王国やマドレーア王国と違い、魔物も少ない。正に、観光には最適な国と言えるだろう。
スリピン湖の南には、『芸術の聖地』の異名を競う、首都フィアーエンとアーモラティスタ市がある。最近騒ぎが持ち上がっているのは、アーモラティスタのほうだ。
「ここが目的地か。やっと着いたな」
大きな身体を伸ばしながら、ザンベルがあくび混じりに言った。
セルフォンからアーモラティスタまでは、馬車で五日間の長旅である。パンジーヒア王国を縦断し、ランスーン峠を越えた後、さらにマラフ=シーネラ連邦を南下してスリピン湖を迂回してくるという、なかなか難しい道のりである。
「やっぱり、少し様子が違うみたいね」
馬車を見送り、通りを行き交う人々を眺めると、リンファは、そう感想を抱いた。注意深く人の流れを見ていると、学者や探検家らしい姿が混じっているのがわかる。
それでも、街の美しさには違いない。花壇の花の色彩、噴水やオブジェの配置、建物の色形に至るまでが、計算し尽くされている。この都市自体が、ひとつの芸術なのだ。
だが、ロイエはそれに見向きもしない。
「ここに、学者が集まりそうなところってある? なけりゃ、図書館とか、博物館とか」
発見された遺跡の情報を集めるつもりなのだろう。だが、ここに来たことのあるシリスとリンファの記憶では、ここにはロイエが言ったものはどれひとつとしてなかった。
「図書館はあっても、学者が集まれるような広さではないな。劇場なら、たくさんあるんだけどね」
「その劇場、って可能性もあるわよ」
シリスのことばに、リンファが付け加える。
だが、真剣に考え込んでいるそちらをよそに、ザンベルは露店が出ている通りを見回し、新鮮な果物を売っている店の上で視線を止めた。
「それより、とりあえず腹ごしらえしようぜ。……オヤジ、それみっつくれ」
「あいよ。あんたらも、遺跡狙いかい?」
「おじさん、遺跡の入り口がどこにあるか知ってる?」
ザンベルの行動をあきれた様子で見ていたロイエだが、露店商のことばを聞くと、会話に口を挟んだ。露店商はこの国名産のラマーの緑の果実を包みながら、困ったようにそれに答える。
「それは、地元の人間にも明かされていなくてねえ。ただ、調査委員会が遺跡に入るための人手を求めてるって話だよ」
それは、充分有力な情報だった。調査委員会の屋敷を教えてもらうと、シリスは代金の他に、露店商に百カクラム金貨を一枚渡す。露店商はさらに二つほど、果物をサービスしてくれた。
露店を離れると、ザンベルは得意げにしながら、ロイエに果物を押し付けた。
「どうだ、オレの人を見る目も役に立つだろ? やっぱり、戦士のカンってやつだよな」
ロイエは無言で、楕円形の果実にかじりついた。なかは白く、意外にやわらかい。ほどよい甘酸っぱさが、汁気の多い果肉から広がった。リンゴより甘味が強く、優しい味だ。
「ほんと、凄い収穫だったよね。特にリンファにとっては朗報だったんじゃない?」
「そうりゃあもう。これで、タダ働きじゃなくなったもの。俄然ヤル気が出てきたわ」
苦笑交じりのパートナーのことばに、嬉々として答えるリンファ。足取りも軽い彼女を先頭に、一行は市の東にある、調査委員会の委員長、テラザート候ヴァティル・アーモンの屋敷を目指した。
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